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タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  作者: 四季


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92.いつかは通る道

 山の中という大自然、降雨の中という悪条件、そういった中で敵と戦いそして倒す――それは誰にでも簡単にできることではなかった。


 経験が必要だ。

 何よりも経験が。


 そういった状況下で戦ったことがあるかどうかで成果にも大きな差が出るものである。


 その点において、アンダーは非常に優秀であった。


 十代の早い時期に軍へ連れてこられた彼は自然の中や様々な天候の中での戦闘を多く経験している。

 時に少々無理のある任務を押し付けられることもあった彼だが、だからこそ滅多にできないような経験を多く重ねてきたし、一般兵士ではたどり着けない領域にまで達することができている。


 黒い雨合羽をまとっていると心なしか動きづらいがその程度で不覚を取る男ではない。


 アンダーは敵に遭遇するたび躊躇いなく仕留めていった。


 最低限の動作で敵を倒すその様は彼の最も天才的なところを絵に描いたかのよう。その動きの華麗さは、味方の兵士の中にも思わず見惚れてしまっている者もいたほどである。


 任務は順調に進み、兵士たちも「これは結構上手くいきそうっすね」「生き延びられるかも生き延びられるかも」「頑張って生を掴むぅ」などと前向きになってきていた――矢先、彼らの前に現れたのは。


「見つーけた」


 毛髪の一切ない頭と背が高く大きな身体。

 見間違うはずもない。


「ずうーっと、次に会う時、待ってーたよ」


 ――オイラーの母を殺し、不満を持った途端エリカを狙い、さらにはサルキアまでも手にかけようとした男。


 明らかに異質。


 その目は視界が良くない中でもぎらついている。

 まさに狩りを始める直前の獣のようである。


「アンタ……」


 徐々に激しさを増す雨の中、アンダーは目を見開く。


「久々ーだね?」

「んなとこで会っても嬉しくねーって」

「そっちはそうーでも、こっちはそうーじゃないーよ?」


 ――直後、男は凄まじい勢いで拳を繰り出した。


 アンダーは咄嗟に腕で防御。


「やるーね?」

「褒められても嬉しくねぇよ」


 一撃、ただ一つの拳が、あまりにも凄まじい威力であることに驚くアンダー。


 男がかなりの腕力の持ち主であることは知っている。

 だがそれでも実際その拳を浴びれば生々しく再確認することになる。


「スミレとかいう飲み屋の娘、知り合いだったーね?」


 男はそう言ってにやりと口角を持ち上げる。


「情報、吐いたから、裏切ったから、仕留めといたよ」


 粘着質な嫌らしい笑みだ。


 男は揺さぶりをかけている。

 だがその意図に気づかないほどアンダーは馬鹿ではない。


 突きつけられた拳をひらりとかわすと、回避の流れに添って蹴りを繰り出す。

 足もとの状態が悪いこともあってスピードが遅かったため蹴り自体は回避されてしまったが、二人の間に距離を作ることはできた。


「邪魔者は消すよ」


 不気味な本の挿絵のような生理的に嫌悪感を覚えるような目をしている男がまとう雰囲気に恐れを抱いた兵士たちは突然逃げ出す。


 気づけば男と一人で対峙することとなってしまっていたアンダーは、退くかどうかを迷っていた。


 前に会った時は男が逃げ出したため問題なく終わったが今回男は戦う気でここにいるのだろう。となると、向こうが逃げ出すという可能性は低い。戦いが幕開ければ間違いなく本気でぶつかり合うこととなるだろう。その時に確実に勝てるのかどうか、そこが問題だ。


「エリカの娘も、国王も、両方潰す」

「そりゃさせらんねーなぁ」

「けどその前に……まずは邪魔者を潰しておーくよ」


 再び迫る男の拳。アンダーは手のひらを当てて打撃を流すと、足を払う。バランスを崩しかけた男の僅かに位置が下がった顔面を蹴り上げ、くらりとなったところにさらにもう一発蹴りを突き立てた。


「はは、あんま効ぃてねーな」


 アンダーは誰に向けてでもなく乾いた笑みをこぼす。


「けどアンタ放ってたらマジで危ねーからな、ここで片付けとくわ」


 ――それが定めなら、いつかは通る道だ。


 誰かを後ろに置きながら戦うことになるくらいなら、一人でいる時に戦う方がまだしもやりやすい。


 ただ、もしこれが個人的な問題であったなら、今ここで男とぶつかり合う道は選ばなかっただろう。リスクがある選択はせず、一度退き、より倒しやすい状況で出会った時に戦うことを選んだはずだ。アンダーという人間はそのくらいの冷静さは持っている。


 だが、オイラーのことを含めて考える時、彼の中には少しでも早く片付けてしまいたいという思いがあった。


 オイラーにこの男の姿を見せたくない――。


 たった一つの思い。

 それが彼に選択を誤らせた。


「舐めてーる、馬鹿にしてーる、きらーい、許さなーい」


 リズミカルに、ある種の歌のように、口ずさんで。


 それが終わった瞬間。

 身体の向きを突然変えたと思ったら。


「手加減しなーい」


 男は近くに生えていた木の幹を殴り折る。

 山に生えているものの中では比較的細いがそれでもかなりの大きさを誇る木はアンダーがいる方へ倒れてきた。


 倒木に巻き込まれるのは避けたい。


 アンダーは咄嗟に跳んで回避する――が、足裏が地面につくほんの少し前、まだ身体が宙にあるタイミングで男に急接近され、脇腹に拳を命中させられる。


「ッ!?」


 尋常でない響き方をする打撃に理解が追いつかずにいる、そのうちにアンダーの身は大木の幹に叩きつけられた。


 背中に走る衝撃と痛み。


 アンダーは言葉を失った。


「邪魔邪魔邪魔邪魔……」


 即座に次の動きへ移れないアンダーに向かって突進してくる男。


「決ーめたっ、撲殺刑っ」


 そして、アンダーの胴に強烈な一撃が刺さる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『92.いつかは通る道』拝読しました。 そういえばオイラーは母の敵に会いたくないと言っていましたね。 それを聞いたときから、アンダーはこの男と対峙することを決めていたのでしょう。 しかし…
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