90.生まれ始めた団結
寂しさは時間に溶ける性質を持っている。
オイラーらが王城を出ていってからどのくらいの日数が経っただろう。
サルキアにはもう思い出せないが、直後に抱いていた寂しさは徐々に薄れ、今ではある程度通常通り仕事に打ち込むことができるようになってきている。
アンダーがいない日常に慣れ始めている――その事実はサルキアにとって複雑な心境にさせられるものでもあった。
だがいつまでも泣いてはいられないこともまた事実。
皆の足を引っ張るようなことはできない。
だからサルキアは常に心を強く持つよう努力している。
押し潰したのか、忘れているのか。自分でもよく分からない状態で。けれども今はそうしておくのが最良だった。忙しい日々の中に在るからこそ動けなくなるような感情を敢えて膨らませる必要はない。そのようなことをするのは悪手であり愚かの極みだ、と考えて、自分にとって都合の悪い感情は見ないふりを続けた。
「それでねぇ~、今日はねぇ~、パフェ作ってみたんよぉ~」
最近サルキアはティラナと仲良くなっている。
王城に残された者同士通じ合うところがあった、というのが、年齢も立場も種族さえも異なっている二人が親しくなった理由の一つだろう。
「持ってきてもいいでしょかぁ~?」
「はい、今でしたら問題ありません」
「やったぁ~嬉しぃですわぁ~。では! お持ちしますわぁ~」
仕事での関わりはほとんどないが、仕事以外の時間にはこうしてよく関わりを持っている。
「どうぞですわぁ~!」
「美味しそうですね、ありがとうございます」
軍と武装組織の戦いは日に日に激しくなっているようだ。そういった話は近況報告によりサルキアの耳にも入っている。そちらへ行っている者たちが無事かどうか心配ではある、が、サルキアがあまり考え過ぎないように心がけている。そして、心の中にもやもやが湧いてきた時には、ここで自分が心配していても結局何もできないのだから無駄なのだと割り切って考えるようにしている。
「冷たくて美味しいです」
「ホンマですかぁ~? 気に入ってもらえたなら良かったですわぁ~!」
その日、朝から王城内に侵入者があり、城内の警戒態勢は最大レベルにまで引き上げられた。
侵入者は武装組織の者であろうという情報が流れ、城内で働く者たちは怯える。明らかに敵意を持った者が侵入してきたのだと理解できたからであろう。侵入者の数はそれほど多くはなかったが、それでも、弱い者たちをを怯えさせるには十分であった。
「皆さん、動揺する必要はありません」
今や王城の主に近い存在となったサルキアは城内の労働者向けに言葉を発する。
「念のため城内であっても一人での行動は避けてください。また、不審な点があれば報告するようお願いいたします」
注意すると共に。
「こちらの件につきましては警備隊が対応にあたります。ですので過剰な心配は不要です。どうか、冷静にお願いします」
安心してほしい、といった趣旨の文章を紡ぐ。
「私からは以上です」
頂に立つ者が怯えていてはならない。
今の彼女はそう考えているからこそ強い心を持っていられる。
警備隊や戦闘経験のある者たちの努力により侵入者は捕らえられた。だが彼らから有力情報を聞き出すことはできなかった。というのも、捕縛された途端全員死を選んでしまったのだ。
先に待ち受けることを恐れてか組織への想いゆえかそこは定かではないものの、彼らが死を選ぶことを躊躇わなかったことだけは確かな事実だ。
ただ、その一件の後、はっきりとした動きもあった。
――エリカが協力を申し出てきたのだ。
すべてに疲れ果て、復讐の意思を失い、一時は燃え尽きたかのように無になってしまっていた彼女がこの時になって動き出した。
彼女には個人的に雇っていた護衛が複数いたのだがその者たちを王城防衛のために使ってほしいと言ってきたのだ。
エリカを信用する者は少なかった。
当たり前だろう。
裏で糸を引き事件をたびたび起こしていたのだから。
だが中には『嫌っていた者が城から離れた今、娘のために力を貸すということはあり得るのではないか』といった意見を持つ者もいて。
話し合いの果てに、エリカの申し出は受け入れられることとなる。
友人関係においてでも職場においてでもそうだが、時に、敵が発生することによって皆が団結するということがある。
今の王城の状態はそれに似ていた。
思うこと、考え、生きてきた道、何もかもがバラバラだ。
それゆえ日頃は分かり合えない。
たびたび諍いも起こる。
だが、対峙するべき敵ができた時、すれ違ってばかりいた者たちは急速に仲間意識を抱くようになり一つの塊へと変貌する。
王城にようやく生まれ始めた団結。
サルキアを中心として広がるその輪はもうすぐ花開くだろう。
――夜、サルキアは自室で一人静かな時を過ごす。
枕もとに置いた小さな箱にはブレスレットが二つ入っている。
サルキアはそれを見下ろして寂しげに微笑んだ。
離れる寂しさの象徴でもあるそれは彼の面影をいつまでもここに残してくれるというある種の支えでもある。
「アンダー……」
呟きは誰にも聞かれぬまま消えた。




