85.各々の任務
合流後、最初の朝。
ジルゼッタは兄に呼び出され山中を切り開いて作られた広場へ向かう。
彼女がそこへ到着した時、既に、兄と共に複数の男性兵士が集まっていた。
「兄上、これは一体?」
見知らぬ人が想像以上に大勢集まっていて思わず怪訝な顔をしてしまうジルゼッタ。
「ジルには彼らの訓練を頼みたい」
「……訓練、ですか?」
「彼らは皆今年加入したばかりの新人たちだ。それゆえ戦闘能力もまだあまり高くない」
女性が現れたことが想定外で驚いていることもあってか新人兵士たちは心なしかそわそわしている。
「なのでジルで十分鍛えられるレベルだと思う」
「なるほど」
「ジルが訓練担当を担ってくれれば元々訓練担当だった者が戦いに出られる、ということで、こういう話になった」
「理解できてきました」
兄から事情の説明を受けたジルゼッタはざっくり把握すると相棒とも言える武器を取り出す。
「では、訓練します」
ジルゼッタは案外やる気に満ちている。
彼女は己を鍛えることが好きだ。
相手が誰であろうとも。
より高みを目指したい、ただその一つの意思だけで彼女は戦いの舞台に身を置ける。
それからジルゼッタは熱心に訓練に取り組んだ。
本当であれば前線へ出て敵を打ち倒したかったことだろう。父の仇を、というのが彼女の願いであったから。訓練担当では敵を倒すことはできない。つまり本当の意味で願いには届かないのだ。
だがそれでも彼女は訓練に熱心に取り組んだ。
与えられた任務をこなす、という、彼女のある種の真面目さが表に出ていたと言えるだろう。
「ジルはやはり強いな」
若い男性兵士たちとの模擬戦闘をこなす勇ましい妹の姿を見ていた兄はそんな風に感想を呟く。
「兄上にそう言っていただけるのは光栄なことです」
「自分はもう頭打ちでな」
「何を仰いますか。頭打ちなどないでしょう。より高みを目指す意思さえあれば誰もがより強くなれるというものです」
ジルゼッタの戦闘能力は男性兵士にも勝る勢いだ。
もちろん相手が新人ということもあるが。
継承印を宿していることもあってか、本人の努力の賜物か――恐らく両方であろうが――彼女は立派な戦闘員であった。
「じ、ジルゼッタさん! す、凄いです! かっこいいです!」
「女性なのに滅茶苦茶強くて尊敬するっす」
「もうワンセット相手してほしいです、お願いします! あと、腕の動きについても少し教えていただきたいです」
そんな彼女は男性兵士たちからも大人気。
「もっと訓練したくなってきたべ!」
「ジルゼッタさん強すぎてやばい!」
◆
オイラーは剣を腰に下げた状態で一人山道を歩く。
――それは敵を引き寄せるための罠だ。
国王である彼に悪しき感情を抱いている者は間違いなく今の敵。一人でいるところに襲いかかってくる、その状況を生み出すためにオイラーは敢えて一人で歩いている。彼を餌に敵対する者を引きずり出す作戦である。
もちろん付近の木々の隙間ではアンダーが様子を見張っている。
罠にかかった者が発生すれば例外なくアンダーによって仕留められることだろう。
危険だ、という意見もあったが、オイラーはその作戦を選択した。
歩き続けて十分ほど経った時だ。
茂みからが葉が擦れるような音がした。
そして。
「みっけたぞ! おっさまだな? しっとめっるぞ!」
一人の男が飛び出してくる。
訛りの強い口調が個性的な男。
手には一本の短剣。
オイラーは腰もとの剣の柄に手をかける。
「おおてがらだっぞ!」
敵意を持ち迫る者に容赦はしない。
若き王は剣を抜こうとする。
だがそれより早く。
「考えなしに突っ込み過ぎだろ」
木から飛び降りてきたアンダーが男の首に脚を絡め捻じ曲げる。
頭部を不自然な方向へ豪快に捻られた男は意識を失い力なく地面に倒れ込んだ。
「すまないアン」
「早速釣れたな」
二人は軽やかに言葉を交わし。
「ああ、予定通りだ」
それから互いに口角を持ち上げた。
「さすがにどんどんは来ねぇだろーけどさ」
「少しでも成果があれば良い方だ」
「まーな。そーだな。んじゃ、続けてよろしく」
オイラーは敵に命を狙われることを恐れはしない。
「もちろんだ」
目的の達成のためなら危険に身を晒すことさえ平気でできるというもの。
「この感じで、続けよう」
――結局その日オイラーとアンダーは複数の敵を倒すことに成功した。
国王を狙う刺客はそこそこな数現れた。
そのたびに潰していくと。
気づけば倒した刺客はそこそこな数になっていた。
帰り道、二人はいつものように言葉を交わす。
「思ったより成果あったなー」
「同意見だ」
なんてことのない、ありふれた関わりである。
「けど、囮になんのってどんな気分? こえーとかはねーのか?」
「ないな」
「マジか」
「アンがいてくれるから安心して囮役に取り組める」
オイラーの表情は暗くはない。
むしろ光が射し込んだような前向きなものだ。
だがそれも、信頼できる存在が傍にいるからこそ、であろう。
頼ることのできる対象があるからこそ心の平穏を保つことができる――人間とはそういうものだ。




