84.出発して到着して
馬車のような形をした乗り物に乗り込んだオイラーとアンダーは目的の場所に到着するまでの時間をその狭い空間で潰す。
乗り物内の空気は乾燥している。
原因はなくとも咳込んでしまいそうなほどに。
「アン」
眠そうにぼんやりしていたアンダーに、隣に座っているオイラーが話しかけた。
「ん、何?」
「ついてきてもらってしまい、本当にすまない」
「アホだろ、謝んな」
「だが……サルキアと離れるのは正直少し寂しかったりするのだろう?」
アンダーは目を大きく開き、オイラーがいたずらっ子のような表情を浮かべているのを見て――呆れたように溜め息をついた。
「どーいうノリだそりゃ」
「君たちはいつの間にか随分仲良くなっていたようだからな、きっと離れるのは辛いだろうと」
「んなわけねーだろ」
ぷいとそっぽ向くアンダーを見てオイラーは微笑ましいものを目にしたかのように頬を緩める。
「すまない。だが、照れているアンも可愛いな」
よく分からないことを呟いた。
だがそれは彼の本心だ。
「そーいやさぁ」
アンダーはそれまでの話を掻き消すように話題を変える。
「もしあいつに会ったらどーするよ?」
「あいつ?」
「アンタの母殺したとかいう話の男」
赤い瞳から放たれる視線が若き国王の心を貫く。
母の死――日頃触れないようにしていることであるだけに、言葉を耳にするだけでも得体のしれないぞわぞわとした感覚が背筋を通り抜ける。
「そいつも武装組織と関係してるみてーだからさ、一応聞ぃとこーと思ったんだけどよ。アンタ、そいつを自分の手で仕留めてーって思うか?」
若き国王は暫し硬直した後に憂いを目もとに滲ませる。
「正直なところを言うと、あまり会いたくない」
その瞳の色はかき氷にかけるシロップのような綺麗な水色をしている。
だが一方で胸の内はそんな風に爽やかな色はしていない。
「母上を殺めた者の顔など見たくないな」
そういうこともあるかもしれない――改めて戦うということについて考えさせられる。
敵と対峙する時、相手は自身に気遣って接してくれるわけではない。
それはつまり、過去の傷を抉られるようなこともあるかもしれないということ。
向こうはこちらを倒すために何でもするだろう。となれば、身も心も傷めつけられる可能性も十分あるということで。戦うということはつまりそういうことだ。
「ふぅん。そーか、分かった」
アンダーはさらりと返事をする。
「いやさぁ、人間って二種類いてさ、ムカつくやつ自分でボコりたい派とあんま関わりたくない派がいんだろ?」
穏やかな日々から遠ざかる様を描写するかのように、二人を乗せた乗り物は徐々に王城や王都から離れていっている。
「確かにそうだな」
「アンタはどっちか一応聞ぃとこーって思ってさ」
「なるほど、それで先ほどの問いだったのだな」
オイラーとアンダーは乗り物の中で睡眠をとった。
そして気づけば朝がやって来ていて。
ちょうどその頃に目的地に到着することとなる。
二人は歓迎の嵐に包まれる――と言っても半分くらいはオイラーへのお愛想でもあるが――ただ今回に関してはアンダーが同行していることを悪く言う者は特にはいなかった。
なんせ軍としては少しでも戦力が欲しい状況だから。
「歓迎されているようで安心した。それに、アンも嫌がられてはいないようだな。これはのびのび活動できそうだ」
これからしばらく過ごすこととなる部屋へ向かっている途中、オイラーは嬉しそうな面持ちでそんなことを言う。
「アンタ分かってんのか」
だが対するアンダーは苦々しい顔をするだけ。
「待ってんのは殺し合いだろーが」
血濡れの道だ、と彼は独り言のように呟く。
「けどまぁアンタのそーいう呑気なとこ嫌いじゃねーけどな」
「ありがとう」
「マジで大丈夫かコイツ、とはちょくちょく思うけどな」
「そうか。もっとしっかりしなくてはならないな。アンに認められるくらい強い男になりたい、だからこれからも努力し続ける」
その後与えられるのは二人で一室であることが判明し、オイラーは一瞬頭を殴られたような衝撃を受けたが、アンダーから「いっつも似たよーなもんじゃねーか」との言葉を貰ったことで冷静さを取り戻すことに成功した。
「同じ部屋だったとは……まだ少し驚いている、が、君の言葉のおかげで脳内を整理することができたので助かった」
「どーせ見張ってなきゃなんねーんだから、ま、同部屋の方が効率いーっちゃいーわな」
オイラーが荷物を整えている間にアンダーは室内に設置されているあまり高級そうでないベッドに勝手に腰を下ろす。
「アンにはこれからもたくさんお世話になってしまいそうだ」
荷物の整頓を一旦終えたオイラーはそんなことを言って自ら苦笑する。
「迷惑をかけすぎないよう気をつけないと」
「はは、慣れてっから」
自然に足を組んだアンダーは心なしか眠そうに目を細めていた。
「ところでアン、それは、そのベッドを占領したいというさりげない主張なのか?」
オイラーにいきなりそんなことを言われて。
「は?」
困惑したように眉間にしわを寄せるアンダー。
「先ほどからずっとベッドに陣取っているだろう」
「あ、ああ、座ってっけど……」
「つまりそのベッドを使いたいということだな?」
「や、べつに、そーじゃねーけど……どした」
きょとんとするアンダーに対して。
「この部屋にはベッドが一つしかない」
オイラーはたった今気づいた事実を打ち明ける。
「マジかよ。てことはやっぱここ一人用の部屋ってことじゃねーか。やべぇな」
苦いものを口にしてしまったような顔をしつつ立ち上がるアンダー。
「んじゃ、オレそっちの椅子で寝るわ」
「いや……さすがにそれは申し訳ない……もう一台ベッドを運び込めるか確認してこよう」
「せめーよこの部屋、もう一台は無理だろ」
「確かに。そうかもしれない。では、交互にベッドを使うことにするというのはどうだろうか。それなら君がゆっくり休める日も作ることができる」
オイラーの提案にアンダーは「や、べつに要らねぇ」と返す。
「ま、テキトーにするわ」
「そうか。分かった。ではそういうことで」




