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タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  作者: 四季


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78.今日という日

「だが、もし武装組織と正面衝突することになれば、君は同じような境遇の者たちと戦うことになるかもしれない」


 オイラーとて知ってはいる。

 アンダーがその程度のことで迷いを抱くような男ではないと。


 結局のところ迷いがあるのは自分だ。


「それも多数と。それでも……君は平気か?」


 オイラーが問いを放てば、アンダーは真顔で「アホだな」と返した。


「んなもん、とっくに経験済みだっての」

「そうかもしれないが……」


 眉を寄せるオイラー。


「それに、向こうだってオレを同属とは見ねぇだろ」


 顔つきを陰らせるオイラーとは対照的に、アンダーは感情は揺れていないような顔をしている。


「だがあのコートの男は君に対して複雑な感情を抱いているようだった。なぜそちらにつくのか、と」

「そりゃまぁ中にはそーいうやつもいるだろーよ」

「敵からそういった感情を向けられ続けても君は平気か?」

「答えるまでもない問いだな、そりゃ。んなもん痛くも痒くもねーって」


 それから数秒間を空けてアンダーは「てかアンタマジで繊細過ぎんだろ……」と付け加えた。



 ◆



 オイラーが軍へ戻る覚悟を育てていた頃、その噂が城内に広まった。


 誰が広めたのかなんて分からない。

 だが噂というのは一度広がり始めると急速に皆の知ることとなるものだ。


 王城で働く者からは「結局また出ていくのか」「国王が前線に出るのは危険すぎる」「それより早く子を」などといった否定的な意見が多く出ていたが、一方で軍側からは歓迎の声も聞こえてきていた。


 そんな昼下がり。


「陛下、少しよろしいでしょうか」


 オイラーのもとを訪ねたのはジルゼッタだ。


「構わないが手合わせならまた今度に――」

「いえ、別件です」


 ジルゼッタは背筋を伸ばして真っ直ぐに立ち、夫でもある彼を見据える。


「軍へ戻られる意向、という噂は事実ですか」


 彼女はごまかすことなく真っ直ぐに尋ねた。


「なぜそのような問いを」


 意外な質問に戸惑いつつもオイラーは声を絞り出す。

 表情の硬さは相変わらずだ。


「貴方が戻られるのであれば私も戻りたいと、そう考えています」


 ジルゼッタの双眸は力強さと鋭さを含んでいる。


「父を卑怯な手で傷つけた者たちを生かしておくつもりはありません」

「その件については気の毒だった」

「この手で決着をつけたい、それが私の意思です」


 視線の鋭さに、声にみなぎる覚悟に、血筋を垣間見ることができる。


 武人の家系に生まれた彼女はどんな状況にあろうとも戦いを恐れはしないのだ、と、オイラーは凄みを肌で感じる。


 その強さに――王家も、エイヴェルンも、永い間支えられてきたのだと――改めてその事実を目にしたような気がした。


「君は戦闘も強いが意思も強そうだ」


 オイラーはそんなよく分からないことを言ってしまうが。


「光栄です」


 ジルゼッタは突っ込むことはせず真っ直ぐに受け止めて礼を述べた。


「陛下がここを出られるのであれば、その時は、よければ教えてください」

「そうしよう」

「その時は付き添いであるかのように振る舞って私もここを出たいと思います」


 いたずらっ子のように笑みを浮かべるジルゼッタ。


「軍へ戻れば知人は多いですし兄もいますので、もちろん、陛下に手間はかけさせません」



 ◆



 ここのところランはご機嫌。

 それはアイリーンが侍女として自分のもとへ戻ってきてくれたからだ。


 三人揃っているだけでなんてことのない日常が色づく。


「ラン様、こちらお淹れしました」


 自室内で本の整理をしていたランのところへやって来たのはお盆を持ったアイリーン。


「はっ……! それはもしかして」


 ランの瞳が夏の太陽のように煌めく。


「はい、ハーブティーです」

「ふぅわあぁ……! それってもしかして――いえ、もしかしなくても、前にいただいたものですよね! あのとっても美味しい……!」


 お盆に乗っているマグカップを受け取ったランは春を想わせるような香りに心躍らせながらその縁へ唇をあてがう。


「とっても美味しいです……!」


 一口、二口、熱い液体を口腔内へ注いで。

 それから太陽のような面を持ち上げる。

 顔の微細な筋肉さえも喜びに満ちている様子だ。


「やはりアイリーンさんの技術は素晴らしいものです!」

「ありがとうございます」

「とってもとっても香りが良いので! わたくし、凄く好きなのです!」


 アイリーンは少女のような煌めきを放つランを見つめて柔らかな表情を浮かべている。


「まだ元気だった頃、姉は色々なことを教えてくれました」

「で、では……お茶を淹れるのが上手なのもお姉様がいらっしゃったからこそなのですか!?」

「はい。姉から教わりました」

「お姉様は今もアイリーンさんの中で生きていらっしゃるということですね!」


 柔らかに見つめ合う二人、心は通じ合っている。


 ちなみにリッタはランのベッドに寝そべって「たい、くつ」などと呟きながら理由はないがころころと転がっているだけだ。


「姉妹とはとても素敵なものですね」


 ランは誰に対してでもなく微笑む。


「嬉しそう、な、ラン、好き」

「リッちゃん!? 急にどうしたの!?」

「ラン、元気、嬉しそう、一番」


 唐突にそんなことを言われたランは戸惑いつつも「あ、ありがとう……」と礼を述べてはにかんだ。

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。何とかアンダーを軍に引き入れたいヴィーゲン将軍でしたが、自身がまさかの事態になってしまうとは…決意したオイラーに、ついていこうとするアンダー、そしてジルゼッタの言葉が心…
[良い点] 『78.今日という日』拝読しました。 人の感情って簡単には割り切れないものですよね。 オイラーの苦悩も解りますし、アンダーの思いやりも伝わります。 ジルゼッタは潔いというか、言葉も行動…
[良い点]  ひとまずはほっとしましたが、先日の様子を見る限り、このままだと軍も碌に機能しないのではと思えてしまいますよね……。  アンダーはきっとオイラーの言いたいことややりたいことがわかっている…
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