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タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  作者: 四季


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77.意図したわけではないけれど

 ヴィーゲン将軍は死んではいなかった。

 だが意識は失ったまま。

 状態が回復するにはまだ時間がかかりそうであり、また、どの程度まで回復するかもまだ定かでない状態とのことだ。


 搬送先の病院に急いだジルゼッタとその兄は医師から現状について簡単にだけ説明を受けた。


「こんなことになるなんて……」


 ショックを受け顔色を悪くするのは兄。そんな彼をジルゼッタはすぐ傍で見守っている。ジルゼッタは複雑そうな顔をしてはいるものの落ち込んだり涙を流したりはしていなかった。極めて冷静に現状に対峙している。


「落ち着いてください兄上」


 病院のロビーでベンチに座っている二人。

 今は王城へ帰るための迎えを待っているところだ。


「父上は亡くなりかけているわけではないのですから、まだ良かったと考えるべきです」

「前向きになれない」

「それでもヴィーゲンの子孫ですか。しっかりしてください。父上の跡を継ぐのは兄上なのですから、この程度のことで折れてはなりません」


 ジルゼッタは厳しい言葉を発する。

 だがそれはある種の励ましでもあるのだ。


「父上が動けない今こそ、我々が強く在るべきではないですか」


 真っ直ぐな目をしてそう主張する妹を見た兄は「ジルは昔からそんな感じだったな」とどこか懐かしそうに返す。


「誇り高く、凛々しく、どんな時も折れないしなやかな心の持ち主」


 兄はジルゼッタの髪と同じ夕焼けのような色の頭を軽く掻いて目の形を一本線に近づける。


「凄いと思う」


 唐突に褒められたジルゼッタはほんの少し気まずそうな顔をしたが。


「正直、自分よりジルのほうが圧倒的に武人でヴィーゲンの後継ぎに相応しいと思う」


 国を思い、愛するからこそ、エイヴェルン軍を率いてきたヴィーゲン将軍。彼が倒れたことは王国にとって一つの悲劇であった。


 だが彼が考えていた作戦は決して無駄になったわけではない。

 むしろ逆。

 彼は己の身を傷つけることによって望んでいた未来への道筋を示したのだ。


 ……もっとも、意図してそうしたわけではないが。


 ただ彼が倒れたという事実がエイヴェルン軍を新しい段階へと誘うこととなってゆくことは確か――そう、歯車は徐々に動き始めている。



 ◆



「私は……どうするべきなのだろう」


 ヴィーゲン将軍が倒れたことを知ったオイラーは今どうにもできない複雑な感情の嵐の中に在る。


 優秀な将軍だった彼の代わりになる人材などいない。

 誰もが口を揃えてそう言う。

 それは今に始まったことではなくずっと前から言われていたことだ。


 彼を失った軍には動揺が広がっているとも聞く。トップを失ったことで軍の統制が失われればさらなる悲劇を招くこととなるだろう。


 悩むことしかできないオイラーは自室で手を額に当てている。


 ――そんな彼の肩に、突然、ぽんと何かが触れた。


「今度は何悩んでんだ?」


 いつの間にやら入室してきていたアンダーだった。


「アン……」

「あいっかわらず、暗い顔してんなぁ」


 アンダーは耳に息を吹きかけるいたずらをしたが悩むあまり視野が狭くなっているオイラーに無視されてしまい少し残念そうな顔をしていた。


「ヴィーゲン将軍のことは聞いたか?」

「聞ぃた」

「最近物事が悪い方ばかりに進んでしまっている気がする」

「何するにも後手後手だからなぁ」


 横に流したゴールドの前髪さえ萎れてしまっている、すっかり弱ったオイラーである。


「誰かが傷ついた話を聞くのはもう嫌だ」


 オイラーはそんな風に愚痴をこぼす。


「すべて終わらせたい……」


 今にも泣き出しそうな声をしているオイラーだった。


「んーと、それって、死にてーってことか?」

「え。ぁ、いや、そうではなく」


 するとアンダーは「んじゃ、さっさと問題を解決してーってことか?」ともう一つ問いを放つ。

 オイラーは、無理だとは分かっている、とでも言いたげな目をしながら「それに近い」と短く返した。


「そだな、平和な方がいーよな」


 アンダーは遠い目をしながら発する。


「オレもそー思うわ」


 その燃えるような瞳が何を想うかは誰にも分からないけれど。


「アン、私は」


 数十秒の沈黙の後に口を開いたのはオイラー。


「私はこの国に平和を取り戻したい」

「おう」

「罪なき民が被害を受けるような国では駄目だ、そう思う」


 オイラーの声は低いが落ち着いている。


「武装組織も最近はやり過ぎだ。一般国民にこれほどまでに危害を加えるというのなら、我々は、国としてやつらを倒さなくてはならない。罪なき民を護ることこそが国の役割であり王の務めでもあるはずだ」


 その横顔からは決意の芽が垣間見える。


「戦いの道しかないならそれでもいい」


 芽生えたばかりの決意は未熟なものだ。


 ただ無意味ではない。

 どんな大きな花の一生も芽が出るところから始まるのだから。


「もし」


 俯き気味だったオイラーはやがて面を持ち上げる。


 そして目の前の親友へ顔を向けた。


「私が軍に戻ると言ったら、君はついてきてくれるだろうか」


 その表情はどこか寂しげで。


「共に戦ってくれるだろうか?」


 しかしながら芯のある色をまとっていた。


 アンダーは目を見開き言葉を失っている。


「……愚かだな、私は。そして身勝手だ。君を護りたいと、安全なところに置いておきたいと、そう言ってここへ連れてきたというのに。そのくせ少し困ったら途端に君を戦場へ連れ戻そうとするのだから」


 やがてオイラーは目の前の男から視線を逸らした。


「これでは他の者たちと同じだ。君をただの駒としか見ていない者たちに不満を抱きながらも、私も結局はその者たちと大して変わりないことをしている……」


 次に訪れた沈黙を破るのは――アンダーだ。


「使え」


 ぶっきらぼうではあるがどこか温かみのある声。


「使えるもんは全部使えばいーんだ」


 そう続けて、折れない柔軟さをはらんだような笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『77.意図したわけではないけれど』拝読しました。 ジルゼッタは、心の中の哀しみを隠して人前では強くしっかりしているように振る舞っていると感じます。 それは彼女の凛とした中にも溢れる優し…
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