74.物騒なことが続く中でも
お昼時、サルキアは食事を済ませた後の自由時間で風を浴びに外へ出た。
外と言っても王城敷地内であることに変わりはない。
ただ風を浴びられる場所へ行くというのは気分転換になることは確かだ。
日射しを、風を、浴びる。
それは至って普通のことのように感じられるが、室内での仕事が多い人間からすればある意味特別なことなのである。
中庭を通り過ぎる時、そこで黙々と準備運動を行っているジルゼッタを見かけた。
珍しく一人でない。
近くには彼女の侍女であるティラナがいて、運動するジルゼッタをにこにこしながら眺めていた。
――と、その時。
「サルキア様!」
「あ、ランさん」
視界に入ってきたのはラムネ色の髪。
二人は軽く挨拶を重ね、共に歩き出す。
身分には多少の差はあるもののその姿はなんてことのない普通の友人同士のようだ。
「最近……何と言いますか、その……物騒なことが続いていますよね」
「はい」
「色々苦労されているのでは、と、わたくし……少し、サルキア様のことが心配で……」
言いづらさを抱えつつも言いたいことを口にするラン。
それに対しサルキアは悪意なく首を傾げる。
「特に心配されるようなことはありません」
サルキアは特に意味もなく空を見上げた。
澄んだ空は青く透き通っている。
それから少し間を空けて、サルキアは「ランさんこそ、この前の敵襲は大丈夫でしたか」と尋ねた。
それに対しランは静かながら柔らかな表情で「わたくしは……リッちゃ――ぁ、リッタさんが、護ってくださったので、問題ありませんでした」と答える。
「リッタさんはお強いのですね」
「は、はい……! それはもう……! 物凄く強かったです……! とても、とても心強くて、同性ながら惚れてしまいそうなほどで……」
ランはもじもじしつつも嬉しげな顔。
「それでいて日頃は掴みどころがないと言いますか……気まま、と言いますか……そんなところが、また、とても愛らしくって」
屋外の空気を吸いながらそんな風に話をしていた二人の近くを通るメイドの群れ。
「ねぇ聞いた? 陛下ってまだご夫人を放置しているそうよ」
「まだそんな感じなのねー……」
「様子を見ているだけで大丈夫なのかしら。もうちょっと周囲が何かした方がいいんじゃないかしら」
唐突に出てきた無関係ではない話題にランはびくっと身を震わせた。
隣のサルキアは気遣って「気にしないでください、あれはああいう人たちです」と言うけれど。
「……いえ、事実でも……あります」
ランは両肩を内側へ引き寄せながらそんな風に呟く。
「もう少し……陛下のお好みに合う女の方が、良かったのではと、今は……今は、そんな風に思ったりもします」
「そのようなことを言わないでください、ランさんは悪くありません」
「けれどせめて楽しく話せる方が……わたくしは会話を盛り上げることを得意としておりませんし、相手が異性だとなおさら……」
切なさと申し訳なさが入り混じったような顔をするランに、サルキアは「異性が苦手、というのはよくあることです」と言葉をかける。
「陛下も同じようなものですし」
「え……」
「陛下も女性と関わることがあまり得意でないようです」
「そう……なのですね」
ランは「では声をお掛けするのも迷惑かもしれませんね」と発してごまかすように控えめに笑う。
「つまり、陛下がなかなか進まないのはランさんだからではないということです」
安心してほしい、貴女のせいではない――それがサルキアの言いたいことだ。
「ですので、もしランさんに対して批判的なことを言う者がいても気にしないでください」
「は、はい……!」
「ただ、陛下への働きかけは必要かもしれません。私の方でも少し考えてみたいと思います」
とはいえ、正直今はそれどころではない……。
未来は大切だ。
後継ぎは必要。
だがそれ以上に国の現状を改善することは重要だろう。
国内の状況が悪化すれば後継ぎがどうとかそういう問題ではなくなってしまう。
民に不満が溜まり王家が滅ぶことになってしまえば子がいようがいまいが今の形のエイヴェルンは終わることとなる――子孫繁栄以上に重要なことというのもこの世には存在する。
◆
エイヴェルン軍にてナンバーツーと言われている男が王城へやって来た。
つい先日もお偉いさんが王城へ来たのだが。
今回はまた別の目的があっての訪問である。
――狙いはアンダーだ。
お偉いさんは彼一人を呼び出すと「先日の成果は素晴らしかった、感謝している」などと褒めつつ礼を述べ、そこから「そして今日はそれに関連した依頼をしに来たのだが……」と本題へと話を進める。
「ぜひ我が軍へ戻ってきてほしい」
灰色のひげを蓄えたお偉いさんは自信ありげな顔で頼む、が。
「や、断るわ」
アンダーは一人掛けソファに足を組んで座ったままさらりと拒否の言葉を発した。
「なっ……何だとぉ!?」
さすがにショックで叫んでしまうお偉いさん。
「給料なら以前の二倍、いや……三倍出してもいい!」
「要らね」
「何だとぉぉッ!?」
驚きすぎたお偉いさんは危うく気絶しそうなほど跳ねてしまっていた。
「も、もしや、もっと高額でないと話にならないということかぁ!?」
「そーじゃねぇ」
「なら何をすれば戻ってきてくれるというのだ?」
「戻らねーって言ってんだよ」
衝撃を受けすぎたお偉いさんは真っ白になってしまった。
アンダーはソファから立ち上がる。
「もういーよな。じゃ、オレ帰るわ」
そのまま勝手に退室してしまうアンダー。
抜け殻のようになったお偉いさんは「む、む、むむぅ……」という言葉にならない声だけを繰り返し発していた。




