72.戦いに生きる者たち
「ラン、護る、リッタ、戦う」
オイラーたちの前に敵が現れていたのと同じように、ランの前にも敵は出現していた。
「リッちゃん、無理はしないで」
「ウン」
だが彼女にはリッタがついている。
現在は侍女という立場に収まっている彼女ではあるが、彼女はただの侍女ではない。
なんせ勝手にふらりと出掛けては狩りを繰り返していたような女だ。
自然の中で獣を相手にすることさえあったリッタからすれば敵である男と対峙することはそれほど恐ろしいことではない。
「何だァ? 護衛は女一人か。大したことねぇなァ」
「さくっと片付けて次行こーや」
ランの部屋へ押し入ってきた敵は二人。
リッタは太めのナイフを手にしてランと男の間に立っている。
「ダイジョウブ」
拳で襲いかかる男の腕をリッタが振ったナイフの刃が切り裂く。
「ぎゃ!」
一瞬で見事に切り裂かれると思っていなかった男は動揺して数歩後退。
溢れ出す赤に心を折られた様子だ。
また、指を動かしづらくなる点を狙って斬られていたために、男はなおさら大きなショックを受けていた。
床にできた赤いしみが広がってゆく。
「くそ女が……死ねぇ!!」
もう一人の男が包丁を手に襲いかかってくる――が、その刃が届くより先にリッタのキックが男の鳩尾に刺さった。
「ぅ、ぐほぇ」
怯んだことで生まれた隙をリッタは見逃さない。
大きな一歩で接近。
遠心力も加えた回し蹴り。
――からの、ナイフで喉もとを斬る!
赤い飛沫が辺りを濡らす。
男は何もできぬまま後ろ向きにばたりと倒れ込んだ。
「リッちゃんすごい!」
「護る、やる気、燃え上がる」
「怪我はない?」
「うん、ない、リッタ、元気」
ランは室内が赤く染まってしまったことに少々複雑な感情を覚えつつも完璧な勝利を収めたリッタに尊敬の念を抱く。
「次、来ても、ダイジョウブ、また、倒す」
リッタはいつもと変わりなくぼんやりとした顔をしているが、その面さえ今は頼もしく感じるランであった。
◆
武装組織による王城襲撃は、警備隊をはじめとした戦闘可能な者たちの努力により終結の時を迎えた。
だが、王城という本来最も安全であるべき場所への襲撃が行われたということによって、城内で働く人々の中には衝撃の波が広がっていたこともまた事実である。
それほどまでに組織が力をつけてきているのか、と、誰もが思っただろう。
ただ、王城内の人間に、特に貴い人に死傷者が出なかったのは幸運であった。
それだけでも十分な成果。
そして奇跡である。
もしこの事件によって死者が出ていたなら、警備隊や国王への批判もゼロというわけにはいかなかったことだろう。
ちなみにあの時オイラーらを襲った中にいたコートの男だが、彼もまた貧しい地区の出であった。アンダーのことを知っていたのはそれゆえだったのだろう。ただ、アンダーと特別な関わりがあったのかといえばそういうわけではなかった。顔を見たことがあったか、情報を得てか、その辺りは定かではないが。一連の発言は単に動揺を引き出そうとするためのものでしかなかったようだ。
そして。
この一件以降、軍による武装組織殲滅の動きが生まれ始める。
街中で暴れていた段階は超えた。
王家を倒そうという域にまで達したならばもはや放置というわけにはいかない。
だが武装組織は法による行動制限を無視できるうえ機動力があるため即座に殲滅することは叶わず、そのうちにさらに力をつけられてしまう。
◆
その日、アンダーの腕の傷に当てているガーゼを取り替えながら、オイラーは衝撃を受けるような話を聞かされた。
「――てことで、今度ちょっと出てくるわ」
「何だって!?」
否、実際にはそれほど衝撃を受けるべき話ではないのだ。
ただ、アンダーを失うことを常に恐れているオイラーとしては、その話はショックを伴うものであった。
「軍からの依頼、しかも、出撃とは……」
しょんぼりしてしまうオイラー。
「そんな顔すんなよ。ちょこっと敵片付けるだけだろ、すぐ終わるって」
アンダーは呆れ顔で軽く言うけれど。
「だがアンには無理してほしくない……」
それとは対照的に、オイラーは落ち込んだような暗い顔をしていた。
アンダーが「無理とかしねーよ」と短く言えば、オイラーは俯き気味になっていた面を持ち上げて「なら、既に手負いだというのになぜ受けたんだ!?」と圧強めの言い方で問う。
「あー……それは、なぁ……なんとなく乗り気だったから?」
「そんな雑な理由なのか!?」
オイラーはアンダーの両肩を掴む。
「頼む、自分を大事にしてくれ」
目の前にいる彼の思い詰めたような顔を目にしたアンダーは少しばかり気まずそうな顔をしたが、それでも決めたことは決めたことだと言いたげに口を開く。
「国のためになんだからいーだろ」
オイラーは使用済みガーゼを丸めて捨てた。
「だが」
「ったく、何だよめんどくせぇな」
「アン、どうして分からないんだ。私は心配なんだ。君がいないと私は生きていけない」
「それはさすがに言いすぎだろ」
どちらも譲らない。
「とにかく、オレは行くから」
「なぜそんなに頑固なんだ!」
「怒んなって」
「君のことが心配だからこうやって言っているんだ!」
オイラーはアンダーを危険に晒したくない。
アンダーはオイラーが狙われる確率を少しでも下げたい。
二人は互いのことを思っているが、それゆえに意見が一致しないこともある。
「……それにしても、軍は勝手過ぎる」
――結局、最終的にはオイラーが折れたのだが。
「不利になった途端、既に軍から離れている人間を呼び出すとは」
彼は最後まで不満げだった。




