66.星が綺麗な夜に
「今夜は星がとても綺麗」
見上げた空には無数の星。
小さいけれど確かにそこにある光。
「ね、リッちゃん?」
ランはリッタと二人自室で同じ時を過ごしている。
「ウン」
「リッちゃんも星空が好き?」
「分からない、好き、か、どうか……」
「そうなの?」
「でも、綺麗、空。それは、事実。加えて、ラン、喜んでる、嬉しい」
本当ならここにアイリーンもいたはずだった――そう思うと少し切なくもなるけれど。
だがアイリーンは死刑は免れたのだ。
それゆえいつかは必ず取り戻せる、三人で過ごす日々を。
「わたくし、夜空はとても好きで」
その時が来るまでは二人。
でもその日々もまた幸せな日々ではあるのだと。
「幼い頃よく家族で夜空を見に行ってね」
「家族、仲良し、楽しい」
「リッちゃんとはもう家族みたいなものだから、こうして一緒に夜空を見られてとても嬉しいの」
「ラン、リッタ、家族。仲良し。ずっと、家族」
だからこそランは美しい夜空を見上げて純粋に感動できる。
「こんな綺麗な夜空を見られた日は幸せなことがありそうね」
「ラン、幸せいっぱい、いつまでも」
◆
「国内が荒れているようで少し心配だ」
夜、自室にて、ジルゼッタは唐突に呟く。
「ジルさまぁ? 何ですかぁ急に~」
「ティラナは呑気だな」
「うふふ、ティラナはねぇ、ジルさまと一緒ならずぅ~っと幸せなんですからぁ~」
しかしジルゼッタと共に同じ空間に身を置いているティラナはというと深刻な顔はしていない。
「それよりもぉ~、窓の外! と~っても綺麗な夜空ですわよぉ~!」
「夜空?」
「星がたっくさん煌めいていますわぁ~!」
ティラナに教えられて夜空を見上げたジルゼッタは「私は星には詳しくない」と愚痴のようにこぼしてから「だが、とても綺麗だ」と頬を緩めた。
「でしょでしょ~」
空気が澄んでいるのだろう、天井の光が地上にまで降り注いでいる。
「あの星たちのように、いつまでもすべての生命が光り輝く国であってほしい」
「そうですわねぇ~」
「エイヴェルンの未来が光あるものであることを願う」
「まっ、どんな煌めきもジルさまの煌めきには敵わへんのですけどねぇ~」
ティラナが満面の笑みで言うのを聞いたジルゼッタは「それはさすがに言い過ぎだろう」と少し恥ずかしそうに返した。
◆
――夜、非常事態を報せる鐘の音で目を覚ます。
その日サルキアは自室で眠っていた。
なんてことのない平凡な夜だったのに。
「この鐘の音……でも、どうして」
取り敢えず急いで服装を整えた。
寝巻き、それもぐちゃぐちゃになっていたものでは、万が一部屋を出るとなった場合にみっともないからである。
王族である以上、汚らしい格好で自室の外へ出ることはできない。
鐘の音が響いたということは何かが起こったということ。
もしかしたら最近活発化している武装組織と関係があるのかもしれない、なんて思いつつ、時の流れに身を任せる。
怖さはある。
確かに。
だがそれ以上に皆の身を案じている。
ランは大丈夫だろうか? ジルゼッタは? ……もっとも、彼女は戦闘能力がかなり高いので襲われても逆に倒すくらいだろうが。オイラーにはアンダーがいるからさすがに大丈夫だろうが――それはそれでまた別の意味で心配ではあるし。
考え出すときりがない。
これ以上あれこれ考えても無駄だ、と、サルキアは自身の脳を一旦落ち着かせる。
そもそも腕力には自信のない自分だ。
あれこれ考えたところで皆を護れるわけではない。
最も重要なことは迷惑をかけないようにすることだ。
自身が皆の足を引っ張らないようにする。
それこそが自分がすべき努力の形なのだとサルキアは知っている。
◆
がさりと乾いた音を立てて倒れ込む男。
――そこは若き国王の自室だ。
「ったく、あぶねーなぁ」
侵入者の男のうなじを抉ったアンダーのナイフは赤く濡れている。
「てかアンタ寝すぎだろ!」
「すまない……」
その日二人はベッドで不思議な生き物についての考察本を読んでいた。
だがそのまま何となく眠ってしまって。
次に目を覚ましたのは敵襲によってであった。
「何であれで寝たままなんだよ」
「まったくもって気づかなかった……」
アンダーは物音と何かが触れる感触ですぐに気がついたのだが、オイラーはというと襲われかけていてもなおぐっすり眠ったままだった。
「恐らく、だが……アンがいなかったら私は死んでいたな」
オイラーは苦笑いする。
「命があるのは君のおかげだ、ありがとう」
「大したことじゃねーよ」
鍵を破壊して開けられた扉。
部屋に侵入してくる男が一人。
「けど」
闇に溶けるような黒系統の色の覆面を着用した男だった。
「まだ終わってねーみてーだな?」
アンダーは血濡れのナイフを投げつける。
覆面男はそれを素早く動いて回避するとベッドに向かって駆け出した。
男はジャンプし宙に弧を描くように膝を突き上げる。
対するアンダーは膝での蹴り上げを前腕で防ぐと男の襟を掴んで放り投げる――男は着地に成功したが、一旦両者の距離が離れた。
次の瞬間、弾力のあるベッドから高く跳んだアンダーは男の肩に脚を掛け座るような体勢に持ち込み男をそのまま後方へ倒れ込ませる。突如後ろ向きに転がされた男が冷静さを失っている間にアンダーは男の首を脚で絞めた。やがて男が動かなくなるとアンダーは絡めていた脚を外して立ち上がる。
「で、どーする?」
涼しい顔をしたアンダーが尋ねれば、オイラーは少しの思考の後に口を開く。
「サルキアのところへ行きたい。彼女は一人かもしれない。もしそうだったとしたら、戦闘能力がない彼女は危険だ」
「そー言うと思ったわ」
「分かっていて聞いたのか?」
「まぁな。けど、決めつけは良くねーだろ」
オイラーはベッドから下りると剣を手に取る。
「必要な時があれば私も戦おう」
「あれば、な」
「なっ……それは一体どういう意味だ!?」
「や、そんなびっくりするとこじゃねーだろべつに」
アンダーは唇に薄い笑みを浮かべて「おもしれーやつ」と呟いた。




