65.時には休息も大切なこと
アンダーは平然と「そんな気にすんなて」と言い放つが、サルキアはそれに頷きを返すことはできなかった。
彼女は無機質な天井を見上げたまま言葉で表すことのできない感情を自分なりに昇華しようとしていた。
「ま、よくあることだって」
「貴方にとってはそうなのでしょう」
「何だそりゃ」
「今はまだ心の整理ができていません」
サルキアの暗い声にアンダーは呆れ顔。
「とにかく、疲れてんなら休め!」
それはアンダーなりの気遣いだったのだが、サルキアには変な風に届いてしまい。
「もういいです」
結果彼女は掛布団に包まってしまった。
「恐らくこの気持ちは貴方には分からないと思うので」
情緒不安定気味なサルキアは無意識に毒を吐いてしまって、それから後悔するがもう遅い。
数秒の間の後に「それもそーだな」と発したアンダーは呆れつつもどこか寂しげな顔をしていた。ただそれでも目の前で包まる彼女のことを否定するつもりはないらしく「お互い相手の気持ちなんてのは分かんねーもんだよな。じゃ、帰るわ」と続けた。
空気が揺れる。
彼がレースカーテンに手をかけて立ち去ろうとするのが分かって。
「……待って」
サルキアは白い掛布団に包まれたままで小さく発した。
先ほど毒を吐いたばかりだ、またわがままを言うというのは気が引ける。だがそれでも言わなくては、と。彼女は焦っていた。あのまま会話が終わってしまっては関係を壊すことになってしまう、と。
「違う、違うの、私、そんなつもりじゃ」
今にも去ってゆきそうな彼を何とか引き止めようとするサルキアだが発する言葉が定まらない。
「何なんだマジで」
「上手く……言えない、けれど、でも……」
「取り敢えず落ち着けって」
混乱気味なサルキアにアンダーがそう声をかけると。
「嫌われたくない……」
サルキアは今にも消えてしまいそうなほど小さな声でそうこぼした。
意味が分からない、というような表情になるアンダー。
「お嬢、アンタ疲れやら何やらで混乱してんだよ、だからそんなはちゃめちゃなことなってんだって」
「……そう、なのでしょうか」
「だから取り敢えず休め」
「……はい」
「休んでりゃまたそのうち元気になるから、全部それからでいい」
スミレの死を受け入れることが難しい気持ちやその気持ちを上手く伝えられないもどかしさに悶々とさせられる一方で、アンダーに嫌われたくないという感情もあり、サルキアの胸の内はいくつもの絵の具を練り混ぜたかのようにぐちゃぐちゃだった。
「あと、あの女のことはあんま重く受け止めんな。人間は皆いつか死ぬ」
最後にそれだけ言って、アンダーはレースカーテンの向こう側へ消えた。
外界と隔離された空間に一人になったサルキアは重量が増した空気にのしかかられるような感覚に襲われながらもただじっとしていることしかできなかった。
自身の胸の内さえも理解することができない。
入り組んだ迷宮の出口の扉を開ける鍵がない。
しっかりしないとと思うたび、情けなくなってゆくようだ。
正直なところ自身がこれほどまでに無能で愚かだとは思っていなかっただけに、複雑な思いは募るばかり。
サルキアは己の無力さを痛感していた。
◆
アンダーが医務室を出た時、ちょうど、オイラーが医務室を目的地として歩いてきているところであった。
退室した者の視線と入室しようとする者の視線が偶然重なって。
日頃あまり利用しない場所へ来たため心なしか緊張気味であったオイラーは見慣れた顔を目にして緊張がほぐれたらしく穏やかな色で口角を持ち上げた。
「倒れたサルキアを運んでくれたそうじゃないか」
「まーな」
「ありがとう」
純粋な瞳で礼を言われたアンダーは少し気まずそうな面持ちで「オレのせーだし……」と呟く。
呟きを聞き逃さないオイラーがすかさず「どういうことだ?」と尋ねると、アンダーは渋々「知り合いの死亡について急に伝えちまったもんでな」と事実を語った。
「――そうか、話してくれてありがとう」
ここに至るまでの一連の話をざっくりとではあるが聞いたオイラーは納得したようだった。
「それでサルキアは体調を崩したのだな」
「まさかお嬢がそこまでショック受けるとは思わなくてよ」
アンダーの胸にある後悔の欠片をオイラーは見抜いている。
だが敢えてそこには触れないでおく。
こういう時に深部に踏み込んで喜ばれることはない、と、オイラーは知っているから。
「じゃ、オレはこれで」
歩き出そうとするアンダーに。
「話が終わるまで待っていてくれないのか?」
若き王は冗談めかした言葉を投げつける。
「そーいうのすんのアンタだろ」
「待っていてはくれないのだろうか」
「……それは命令か?」
「いや、そうではないが。アンは私にはもうそれほど友好的な感情はないのか、と、そんなことを考えただけだ」
オイラーの言葉にアンダーは呆れきった顔をして「乙女かよ」と嫌みを吐き出す。
「だが出撃中は私がもたもたしていてもいつも待ってくれていただろう?」
「世間知らずの殿下を放ってたらやべーからだよ」
「な、なるほど……そうか、あれはそういうことだったのだな……」
◆
いくつか検査を受けたもののサルキアの身に異常は確認されなかった。
一日程度の休息によって状態が落ち着いたこともあり、サルキアは速やかに復帰した。
積み重なった疲労と想定外の報告による瞬間的なショックが倒れた原因と判断されたため、暫し休んだ後は問題なく職務に戻ることができたのだった。
そんな中、城内の空気は徐々に厳しさを伴うものへと変わりつつあった。
武装組織問題が大きくなってきたためである。
入ってきている情報によれば武装組織による犯罪が増加しているらしく、一般人が暮らす街中はこれまで比較的平和だったのだがここのところたびたび問題や事件が発生しているとのこと。
大きな課題が生まれれば解決することが必要となる。
それが民の安全を脅かす内容であるならなおさらだ。




