55.童心に返る乙女
ランタンナイト当日。
その日の仕事を早めに終わらせたサルキアは髪を結い服を着替えて念入りに準備する。
王ではないが王族ではあるサルキア。それゆえいつも通りの格好で出歩くわけにはいかない。そんなことをしたら目立ってしまうし、何なら刺客や不審者に狙われかねないから。
だからいつもとは違った装いである必要があるのである。
「お二人でお出掛けだなんて、ドキドキしてしまいますね……!」
「色々ありがとうございますランさん」
おしゃれした経験があまりないサルキアはランを頼った。
そうして何とか完成した外出用サルキア。
なるべく普通の女性に見えるように、そこを意識してのスタイルである。
「わたくしまで緊張して参りました……!」
「何とか平常心で頑張りたいと思います」
「今夜だけは、日頃のあれこれなど忘れてしまって、思う存分楽しんできてくださいね……!」
ランは明るく見送ってくれた。
もう夕暮れ時。
空は徐々に暗くなり始めている。
こんな時間に王城を出ることなんて滅多にないことだ、それだけでも緊張する――だがそれも自身が望んでのこと。
靴箱の奥から出てきた昔よく履いていたショートブーツのヒールを鳴らして、サルキアは王城内の廊下を歩く。
待ち合わせ場所には馬車のような乗り物が待機している。
今日はそれに乗って街の方へ行く予定だ。
会場のすぐ傍までは乗り物は入れないので多少は徒歩ということになるのだが、少しでも足を使わずに済むという意味では乗り物は非常にありがたい存在である。
「本日はお付き合いありがとうございます」
既にそこで待機していたアンダーに、サルキアはそっと柔らかな表情を向ける。
去り行く夕日に照らされたサルキアを目にしたアンダーは「何か、お嬢っぽくねーな」と呟いて立ち上がった。
「じゃ、行くか」
「はい」
二人は馬車のような乗り物に乗り込んだ。
「今日はなるべく一般人に見えるように服を選びました」
「ふーん」
いつもは下ろしている長い髪は後ろで一本の緩めの三つ編みに。
白色のブラウスに紺色のフレアスカート。
手袋は兄とお揃いのいつものものではなく、棚の奥に眠っていた白いものを着用している。
「変でしょうか?」
「いやべつに」
「そうですか。なら良かったです」
最初こそそんな風になんてことのない言葉を交わしていたが、やがて沈黙が訪れてしまう。
だがサルキアにとってはそんな時間さえも愛おしいものだった。
何をするでもない。
何か話すでもない。
そんな空白さえ、彼と共に在れたなら幸せだった。
「今日のアンダーは何だか無口ですね」
「……そーか?」
「といっても用件といいますか話すべきことがあるわけでもないですし、仕方のないことなのかもしれませんが」
それでも少しくらいは言葉を交わしたい気もして。
「そういえば『光る噴水祭り』はご存知ですか?」
「何か聞ぃたことはある気がすんなぁ」
「あれ、とても綺麗なんですよ。現地へ行って見たことはないのですが、昔、母と二人で見たことがあって。とても美しい光景でした」
サルキアは敢えて話題を提供する。
「へー」
アンダーはどこでもないところへ視線を向けるようにして相槌を打った。
「いつかそちらへも行ってみたいですね」
「んー、また外出許可取れば」
「時間があれば一緒に見に行きましょう」
サルキアがさらりと言ったのを聞き逃さなかったアンダー。
「は!? 何で!?」
彼にしてはかなり驚いている様子だった。
「そんなに驚くことでしょうか」
「他にも行く相手いるだろ」
「いません、私あまり友人いないので」
少し照れたように笑うサルキア。
「嘘つけ! ぜってーいるだろ!」
「いません」
「勘弁してくれよ」
「それに、もし他にもいたとしても、アンダーがいいです」
「何言ってんだお嬢、頭大丈夫か……」
一度できたことなら二度目はより容易くできる。
物事とは大抵そういうものだ。
「ったく、あんま浮かれ過ぎんなよ」
「はい!」
「大丈夫かマジで……」
サルキアらしくない明るい返事が飛んできたことに若干の不安を感じるアンダーだった。
「天国みたい……!」
ランタンナイトは一夜限り。
夜空華やぐ束の間の光の祭典。
人々が集う会場には屋台も出ていて、意外にも賑やかな雰囲気だ。
「天国、て」
サルキアの表現に突っ込みつつ呆れ顔になるアンダー。
「とても美しいですね」
「それな」
「もはやこの世でないかのような美しさです」
「人多過ぎだけどな」
道行く人は皆明るい表情を浮かべている。
当然イベント中だからということもあるだろうが。
だとしても、民が笑顔で過ごせているという事実は、国の上に立つ者として嬉しいこと――サルキアは密かに喜びを感じた。
自分たちはまだまだ未熟で、国を良い方向へ引っ張ってゆくことはとても難しいけれど。
それでも、そこに笑顔があるなら、頑張ろうと思える。
「あれは……!」
「どした」
「パズルが売っています、買いに行ってきます!」
「は、はああ?」
「珍しいものがあるかもしれません!」
「ちょ、待てって! 走んな!」
童心に返り瞳を煌めかせながら駆け出すサルキアに、アンダーはただただ振り回されるばかりだった。




