54.いきなり本人には言いづらいなら
スミレを街まで送り届けて城へ戻ったアンダーと廊下ですれ違うサルキア。
「本日はお疲れ様でした」
「お疲れー」
なんてことのない言葉を交わして通り過ぎそうになって、足を止めた。
「ランタンナイト、行ったことがありますか?」
サルキアはさりげなく尋ねる。
「ねーな」
アンダーはさらりと答えてそれから思い出したように「賊狩りシーズンと被ってたからな」と付け加えた。
返答を耳にしたサルキアは数秒何か考えているような顔をしたが「そうですか」と落ち着いて返す。その時の表情は笑っているでも悲しんでいるでもない淡白なものだった。もし感情にそれを表現する機械があったとしても、その針は右にも左にも振れていないだろう。そんな風に思わせるような表情だ。
そうしてまた歩き出す二人は、ただ離れてゆく。
◆
「話とは何だ? サルキア」
「夜分に申し訳ありません」
その日の晩、サルキアはオイラーに時間を作ってもらった。
「いや構わない。アンもいないしな、ちょうど退屈していたところだ」
ランタンナイトの件について相談してみよう、そんな風に考えて。
外出許可を出してもらうとなれば結局話はオイラーに届く。それは避けられない。ならば先に彼に話してみようという考えで今に至っている。
サルキアは簡単に事情を説明した。
「なるほど。その女性がチケットを二枚くれた、と」
「はい」
「で、それに行くか迷っているということだな?」
「……身勝手だと、理解はしていますが」
視線を落とすサルキアだったが、オイラーは不快な顔はしなかった。
「構わない。外出許可を出そう」
「え……」
「気分転換は大切だからな」
「そ、そう……でしょうか」
「ああ。だがチケットは二枚だろう? 誰と行く? よさげな相手はいるのか」
サルキアはアンダーの名を出そうとするがどうしても躊躇いがあって呑み込んでしまう。
「いないなら、アンはどうだろう?」
オイラーの口から出た言葉にサルキアは思わずびくっと身を震わせてしまった。
もっとも、オイラーはそのことには気づいていないようだが。
「最近はアンともそれなりに上手くやってくれているのだろう?」
「そ……それは、その、そうするしかないからです」
硬くなって返すサルキアに力強い微笑みを向けるオイラー。
「アンと仲良くしてくれてありがとう」
意外な言葉が飛んできて。
「……いえ、国のためですから」
即座には気の利いた言葉を口にできないサルキアだった。
「アンなら街に詳しく護衛としても優秀だ。夜遊びのお供には適任だろう」
「そう、ですね」
「無理にとは言わない。ただ君が出掛けるとなればどのみち護衛を連れてゆくことにはなるだろう? なら一人で全部こなせるアンを、と考えたのだが」
サルキアは黙り込んでしまう。
「もし不快にしてしまったなら謝ろう」
沈黙が痛かったのかオイラーは申し訳なさそうな顔をした。
「……そ、そうですね、それなら……はい」
「ではアンにそう伝えておこう」
「あの」
「どうした?」
「私から、伝えておきます」
流れに乗っているうちに自然にアンダーと行くことになってしまったのはサルキアにとってはある意味幸運だった。だが、決定を本人に伝えることすら兄に任せてしまうというのはあまりにも情けない気がして。
「私のわがままですから」
「分かった。ではこちらからはまだ話さないでおこう」
◆
「ということで、今度のランタンナイト、同行してくださいませんか」
翌日サルキアは自らの足でアンダーに会いに行った。
彼がどこにいるのか見つけるのは難航するかと思われたのだが、運良く廊下で遭遇できたため、迷路を探索するような状態にはならずに済んだ。
「はぁ?」
「ですから、同行をお願いしたいのです」
オイラーには既に話をしてある。だからサルキアとしては非常に言いやすかった。なんせ、既に国王から許可を得ているのだ。最高権力者から許可を得ているとなれば怖いことなどない。
「アホか! んな急に行けるわけねーだろ! てか夜遊びとかあぶねーだろマジやめろ」
「いえ、ですから、危ないからこそ貴方についてきていただきたいと考えているのですが」
アンダーは素直に従ってくれない。
だがそれは読んでいた。
サルキアとてこんなことを急に言ってすんなり受け入れてもらえるとは思っていない。
「あのなぁ、お嬢、ちょっとは考えて物言ってくれよ」
「私は正気です」
「ったく、どーせあの女が要らんこと吹き込んだんだろ? あんなやつの言うこと素直に聞いてんじゃねーよ、まともじゃねーんだから」
容赦なく拒んでくるアンダー。
その姿を見ていたら何とも言えない気分になってきて、やがて、サルキアは頬に力を込めた。
「陛下より外出許可もいただいておりますので」
「……マジで言ってんのかそれ」
アンダーの顔が強張る。
その人を出されたら断りづらい、とでも言いたげに。
「はい。相談したところ陛下は許可してくださいました。アンダーと一緒にということで」
「そりゃ勝手過ぎんだろ」
「何なら陛下がおすすめしてくださった相手が貴方でした」
反射的に「やりやがったなあいつ……!」とこぼすアンダーは苦々しい顔をしている。
「で? 何すりゃいーんだ。会場まで送ってけばいーのか?」
「共に参加しましょう」
「わりーけどオレそーいうの興味ねーから」
「護衛も兼ねてではありますが、そうは言ってもせっかくの機会ですから。よければ一緒に楽しみましょう」
上手く伝えられたことに満足し笑みを浮かべるサルキア。
やられたと言わんばかりの顔で溜め息をつくアンダー。
二人の表情は対照的だ。
「アンダーもランタンナイトは初めてなのですよね」
「そーだよ」
「私も初めてです」
「だろーな」
「ということで、初めて仲間としてよろしくお願いします」
それでもなんだかんだでその日はやって来る――。




