52.へー、好きなん?
今日は約束の日。
王城にて、サルキアは、この国の男に詳しいらしい女性を迎えることとなっている。
「へぇーっ、ここが王城かぁ」
アンダーが紹介してくれたのは三十代ながら瑞々しさを保っている女性だった。
カールしたボリュームのあるロングヘアは薄い金色。そもそも華やかな顔立ちではあるのだが、そこに化粧を加え、より一層華やかさを高めている。睫毛も長い。そして何より服装が刺激的。胸の谷間にボディライン、とにかく身体の形がくっきりと出る丈短めの紫色のドレスを着用していて、そこから露わになった脚は長い。さらに、かなり高いヒールの靴を履いているため脚の長さがさらに強調されているといった形だ。ちなみに身長はサルキアより高い。
「あたしスミレ! よろしくお願いしまーす」
「サルキアです、どうぞよろしく」
スミレと名乗るその女性は明るくも力強い笑みを見せてサルキアと握手を交わす。
「とっても素敵なところですね!」
「本日はお忙しい中ありがとうございます」
アンダーから聞いた話によれば、スミレはエイヴェルンにおいて最も栄えている飲み屋街で男たちを虜にする仕事をしているらしい。
何でも、一晩で信じられない金額を貢がせたこともあるのだとか。
そんな話を聞いていたものだから真面目なサルキアはつい警戒してしまっていた。だがスミレは意外にもさらりとした接し方をしてきて。想定外のことにサルキアはまた別の意味で驚いてしまった。
「ではご案内します」
サルキアは一礼して先導するべく歩き出す。
「でもさぁ、びっくりしたよ? ダッちんがうちの店に来るなんて。しかも飲みに来たわけでもないって言うからほんとびっくりだったー!」
「んー、まぁな」
「てか本当はこういうのなしだからね? お金払って飲んでってもらわないと! 報酬出るって言うから来たけどさぁ」
だがその道中サルキアは常に後ろが気になっていた。
というのも、スミレはやたらとアンダーに接触するのだ。気さくに喋るのはもちろんボディタッチもやたらと多い。彼女にとってはきっとなんてことのないことなのだろうと想像はできるのだが。それでも二人の関係が気になってしまうサルキアである。
「けど、元気そうで良かった!」
「そっちもな」
「喋んのいつ以来だろ? 昔過ぎて覚えてないわー」
「そもそもさほど仲良くなかったしな」
廊下を通って建物内へ足を進める時、ちょうどすれ違ったメイドが「あの方よ、噂の」「男を騙して儲けてるって聞くじゃない? 汚らしいわ」なんてひそひそ話をしていた。
内心焦るサルキアだったがスミレは気にしていない様子。
「てゆーか、それで完成? ダッちん、ちっさ!」
「黙れ」
「あたしの方が背伸びたねっ」
気にしないでおこうとしても気にしてしまう……。
複雑な思いを抱えたままサルキアは歩く。
そうして到着した使用予定の部屋。
そこには既にティーセットが準備されていた。
「こちらにどうぞ」
「ほえー! すっごーい、おしゃれー!」
サルキアが促すとスミレは遠慮することなく席に着いた。
アンダーは室内ではあるが扉の前に立っている。
そんな彼にスミレは「座ったら?」と声をかけたのだがアンダーは「いやいい」とはっきり返し、今に至っている。
「それで本日のお話ですが」
「頭つるつる男についてですよねー?」
「あの方をご存知であると聞いておりますが」
「知ってますよー!」
着飾った派手な女性であるわりに気さくなスミレである。
「その人について話せばお金貰えるんですよね?」
「はい、その予定です」
「じゃあ言います! その人は何回かうちの店来たことあって喋ったことあってぇ」
スミレは迷うことなく話し始めた。
その男について。
客の中でもかなり大柄であったこと。
第一印象よりかはやや高めの声だったこと。
酒はどの種類でも好きだと言っていたこと。
そして、自分の仕事は人の命を奪うことだがとても向いていると思う、と話していたこと――。
「確か、あれはまだあたし見習いだった頃だけど、何か大仕事終えたって言ってて随分ご機嫌だったなー」
彼女は軽やかに言葉を紡ぐ。
「そういえばその人も貧民街出身だったと思うんだ。それで一回盛り上がったことある。似てるーってハイタッチとかして。そんな怖い感じじゃなかったけど、なんか組織に入って活動してるって言ってた気がするんだけど……その組織が何だったか名前とかは忘れちゃったなー」
一人ででも喋り続ける。
「あと仲間が殺されたって泣いてやけ酒してた日もあったかも。うーん、そういえば最近会ってないなぁ。何してんだろーね? 元気かなぁ」
スミレは何も隠すことなく知っている情報を言葉にした。
「ありがとうございました」
「いえいえー」
「では後ほど報酬をお渡しします」
「やった!」
「そちらの準備をしますので少しだけお待ちください」
一旦席を離れる。
その間もアンダーとスミレの動向が気になってしまうのは――きっと、この余計な感情のせいなのだろう。
……なんて思うサルキアであった。
「サルキアさんて美人だねー」
「まぁな。いいやつだよお嬢は」
「へー、好きなん?」
そんなやり取りが聞こえてぎくっとしてしまうサルキア。
いやあれは冗談。
関係性ゆえの絡みというかノリなのだろう。
そう思わなくてはやっていられない。
「何言ってんだ」
「えー、絶対好きなんだと思ったー」
「んなわけねーだろ」
「だってなんか『いいやつだよ』ってところに愛がさぁ」
そこへ。
「お待たせしました」
高級紙で包んだ報酬を手にしたサルキアが姿を現す。
「どうぞ」
「ありがとうございまーすっ」
スミレのお礼の言い方が個性的過ぎて少し戸惑ってしまうサルキア。
「……とても明るい方ですね」
思わずそんなことを言ってしまい、一瞬焦るも。
「よく言われます!」
目の前にいる彼女から返ってきた言葉に安堵する。
怒っていないみたいだ、と判断できたから。
だがほっとできたのも束の間。
すぐに次なる波が襲いかかってくる。
「サルキアさん、ちょっといいですか?」
というのもスミレが何か言いたそうにしているのだ。
「え? はい。何でしょうか」
「ちょっとだけ二人でお話したいんですけどー」
スミレは両手を背中側で組んで上半身を僅かに前傾させながら明るい表情でサルキアの前に立つ。
「ダッちんなしで」
軽くウインクするスミレ。
対するサルキアは意外な展開に言葉を失ってしまう。
扉の前に立っているアンダーは「おい、あんま無茶ゆーな」と口を挟むがスミレは「だって話したいんだもーん」などと気ままに返すだけ。
「駄目ですかー?」
さらに圧を強められて、迷っていたサルキアはようやく口を開く。
「……分かりました。対応します。ですが、時間は短めにお願いします」
「やった!」
小さくガッツポーズするスミレ。
「ではアンダー、外へ出ていてください」
「マジで言ってんのか」
「はい」
「分かったけどよ、お嬢、警戒怠んなよ」
一言一句聞き逃さないスミレ。
冗談風に「かーほーごー」などと言ってにやにやする。
だがアンダーはそれに対しては何も返さなかった。
「んじゃ、出とくわ」
短く発して退室する。




