51.日常とその中の気遣い
「アイリーンさんはお怪我なく良かったです」
ランはリッタと共にアイリーンに会いに行った。
ワシー暗殺未遂の件があったからだ。
父親を殺められかけたのだから不安にもなっているだろう、そう考えてのランの行動であった。
しかしアイリーンは案外気にしていない様子で。
ランたちが彼女のところへ到着した時、彼女は可愛い小物を組み立てる業務に従事していた。
「ありがとうございます」
死刑を免れてからというもの、アイリーンは牢内でではあるが与えられた仕事に取り組んでいる。
「けれど……お父様の件は、お気の毒でした」
「生き延びたので十分と思います」
「そ、そうですか……アイリーンさんはお強い方ですね」
「いえ、お強いといえば貴女です」
「そんなこと……わたくしは、なんだかんだで今もずっと、大したことはできていません」
ワシーの件を聞いた時、ランはかなりのショックを受けた。
アイリーンにも魔の手が及ぶのではないか。そんな不安もあって。また、アイリーンがその件によって深く傷ついたのではないかと、そんな風に思う部分もあって。とにかく彼女の心身が心配だった。
しかし当のアイリーンはさらりと流していた。
実の父がそんな目に遭ったというのに、である。
「ラン、アイリーンのこと、心配、してた」
「あっ……ああっリッちゃんっ、恥ずかしいからっ……」
リッタはランの肩に顎を乗せる。
「アイリーンのこと、ラン、大好きみたい」
意味不明な行動をしつつも意味のある言葉を発するリッタ。
「そうですか、ありがとうございます」
手を動かすことはやめないままでアイリーンは礼を述べた。
アイリーンはそっけないようにも見える。
しかしその首もとには今も青い蝶が光っていて、ランに対して冷ややかな感情を抱いているわけではない。
「ではわたくしはそろそろ。アイリーンさんのお仕事の邪魔をしてもいけませんので。このあたりで失礼いたします」
「あまり面白いお話ができず申し訳ありません」
「いえいえ。アイリーンさんの元気な顔を拝見できましたし、わたくしとしましてはそれだけで満足です」
去り際、ランは一度だけ振り返る。
「アイリーンさん、もしもの時は……使ってください」
手もとへ目をやっていたアイリーンは顔を上げた。
「あの力を」
ランの瞳は真っ直ぐにアイリーンを捉えていて。
「刺客に対しては使っても構わないと思います」
その真っ直ぐさにアイリーンはランから目を逸らせなくなる。
「それで捕まえられたなら国としても助かるでしょうし」
「そうですね。……抵抗はありますが」
「と、とにかく、アイリーンさんにはこれからも元気に生きていていただきたいということです!」
ランはこんなにも優しい女性なのに、陛下はなぜ愛さないのだろう? なんて、少し考えてしまうアイリーン。
「……お気遣いありがとうございます」
◆
オイラーとアンダーがいつものように王城敷地内を歩いていたら、ジルゼッタが声をかけてきた。
彼女が声をかけたかったのはオイラー。
で、何の用事だったのかというと、オイラーとの手合わせの提案だった。
ジルゼッタは「最近陛下はどことなく暗い顔をなさっている気がしましたので」と提案の理由を話した。
そしてオイラーはそれを受けた。
オイラーも、ジルゼッタも、戦うことが好きだ。そしてそれは、己の戦いの技術を高めることが好き、ということでもある。二人の共通点はそこにある。その共通点に触れる時、オイラーとジルゼッタは同じ意思を持って戦いの舞台に上がるのだ。
「アン! 頑張るので見ていてくれ!」
「やる気ありすぎだろ……」
オイラーの瞳は無垢な子どものように煌めいていた。
「いつも君に護られているが、たまには私の強いところも君に見せたい!」
「アホだな」
アンダーに辛辣な返しをされてもオイラーはまったく気にしていない様子だ。
――そしてオイラーとジルゼッタの手合わせが始まる。
面倒臭いもののオイラーを放っておくこともできないアンダーは付近の柱にもたれて手合わせが終わるのを待っておくことにした。
そこへ。
「すみません、少し構いませんか」
サルキアが姿を現す。
「お嬢」
「この顔をご存知ですか?」
サルキアは紙を取り出した。
そこに乗っているのは図書館のファイルから抜き出してきた例の男の顔写真。
「何だそりゃ」
「ワシーさんの件、犯人疑いの人物の顔写真です」
「へぇ」
「この人物も貧しい環境で育ったとのことでしたので、アンダーならもしかしたら何か知っているのではないかと思いまして」
サルキアの言葉にアンダーは口角を横に引っ張った。
「知らねーよ」
返答に少しがっかりしながらも。
「そうですか。それは残念です。有力情報が得られるかと思ったのですが」
冷静な面持ちは崩すことのないサルキアであった。
「聞いてみるか?」
「え」
「そーいうのに詳しそーな知り合いならいる」
意外な展開に驚きつつも、サルキアは「はい」と返事する。
「ですが良いのですか?」
「何」
「手間をかけてしまいます」
「べつにいーよそんくらい」
「ではお願いしても?」
「オケ、今度声かけて連れてくるわ」
サルキアは一礼して去っていく。
ちょうどそのタイミングでオイラーとジルゼッタの手合わせは終了した。
「アン! 今の戦いぶり、見てくれたか? なかなかやるだろう!」
かなりのやる気でジルゼッタをぶっ飛ばしたオイラーは自信満々でアンダーのもとへ戻ってきたのだが。
「わり、見逃した」
残念ながらその雄姿は見てもらえていなかった。
「ちょっとお嬢と話しててさ」
「話?」
「ワシーを狙ったやつについて」
するとオイラーは表情を曇らせる。
「……まだ捕まっていないらしいな、犯人は」
オイラーは何か言いたげな目をしている。
「言いてーことは言えよ」
「嫌な感じだ」
「何?」
「被ってしまう、あの時の記憶と」
切なげな顔をするオイラーを目にしたアンダーは「何となく察したわ」と言いつつ息を吐き出した。
「……似たようなパターンなので、つい」




