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タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  作者: 四季


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49.いつか誰かがその憎しみに

 あれからもエリカからは色々言われた。その時が来れば味方につけ、などと。どうやらエリカは娘であるサルキアは味方につけられると読んでいる様子なのだ。ただサルキアは悪行を重ねるエリカの味方につく気は一切なかった。なので断っておいた。しかしその断るという意味がきちんと伝わっているかどうかは定かでないこともまた事実であった。


 なんにせよ、エリカはかなり壊れている――。


 サルキアは今日一日で強くそう感じた。


 愛も、尊敬も、かつて確かにそこに在ったものだ。しかしそれはいつしか黒い感情へと変貌したのだろう。愛は憎しみへ。積み重なった絶望から生まれたその憎しみは日を追うごとに積み重なり。そうして今、あれほどまでに黒き感情に満ちた人間を生み出しているのだろう。


「サルキア」


 王城へ戻ってきていたサルキアはばったりオイラーと出くわす。


「エリカさんのところへ行っていたそうだな」

「はい」

「ご苦労」

「ありがとうございます」


 気まずさを感じるサルキアだったがオイラーの方から近づいてくるので逃げることもできず。


「そうだ、エリカさんは元気にしていたか?」


 流れのままに二人で話をすることとなってしまった。


「そうですね、元気そうでした」

「なら良かった」


 オイラーは頬を緩める。


「ああそうだ。そういえば、いたずらは落ち着いたか」

「はい、あれからは発生していません」

「通達を出した効果はあったようだな」

「ありがとうございました。おかげさまでよく眠れています」


 エリカの悪い噂はオイラーの耳にも入っているはず、それゆえサルキアはオイラーと接することに気まずさを抱えていた。


 だがオイラーのサルキアへの接し方は以前と何も変わっていない。


「あと、ワシーの件だが」

「そうでした。あれは一体何だったのでしょう、暗殺ですか」

「ああ、どうやら忍び込んだ刺客の仕業だったようだ」

「けれどどうしてワシーさんが? ワシーさんを殺害しても何の意味もないと思うのですが」


 より深く追求しようとするサルキアに、オイラーは「分からない」と言って首を横に振った。


「詳細は不明のままだが、ワシーの証言から具体的な犯人像は徐々に見えてきているようだ」


 ……まさか、また母が?


 そんなことを考えてしまうサルキア。


「近くもう少し具体的な情報が出てくるだろう」

「タイミングがあれば私も一度聞き取りに行ってみます」


 サルキアがそう言えば。


「真面目なのは悪いことではないが、働き過ぎて疲れないようにな」


 オイラーは妹の身を気遣った。


 そして二人は別れる。



 ◆



「早かったな」


 サルキアと別れたオイラーが歩き出した瞬間、柱の陰から一人の男が現れる。


「密かに見守ってくれていたのだな、アン」

「アンタらが無防備に喋ってたら刺客でも出てくるかと思ってたんだけどよ、結局何もなかったな」


 何事もなかったかのように合流する二人。

 歩き出しながら言葉を交わす。


「もしやそういった場合に備えてくれていたのか?」

「ま、そんときゃ仕留めねーとな」

「さすがだ」

「べつに褒められるほどのことじゃねーけどさ」

「いや、さすがだ。素晴らしいと思う。尊敬に値する。やはりアンは極めて優秀かつ聡明だ」


 オイラーは嬉しそうな顔をしている。


 そして二人はそのままオイラーの自室へと戻った。


 部屋に戻るなりもはや定位置と化しているベッド上に座り込んだアンダーは「んで、お嬢はどんなだった?」と問いを放つ。それに対しオイラーは「アンはよくサルキアについて尋ねてくるな」と返し、整った面に少しばかり意地悪な笑みを滲ませた。


「言いてーことあんなら分かりやすく言え」

「サルキアは可愛いだろう」

「はぁ?」

「知性溢れる自慢の妹だ」

「何だそりゃ……」


 呆れ顔になるアンダー。


「だが少し抱え込み過ぎるところがある」


 オイラーは静かに述べる。


「なので、周囲が見守っておかなくては」


 その面にはいくつもの感情が入り混じったような表情が浮かんでいた。


「壊れてしまわないように」


 オイラーは座り慣れた椅子に腰を下ろす。


「サルキアをエリカさんのようにしてはならない」


 唐突に発言を受けてベッド上であぐらをかいたアンダーは「何言ってんだ?」と首を傾げる。返ってきたのは「罪は罪、だとしても、罪を犯す者を環境が作ることもあるということだ」という言葉。アンダーは束の間記憶の中の何かに思いを巡らせて、それから「ま、それはそーだな」と返しつつ息を吐き出した。


「そのためにも手を取り合わなくては」


 若き国王の深みのある声が静寂を破る。


「過去は過去。今を生きている我々までがその闇に呑まれるべきではない。大切なのは……今この時を生きている者同士支え合うことだ」


 それはなんてことのない独り言。


「私は道を誤るわけにはいかない」


 オイラーはもう気づいている。


 ――母を殺した、のは。


「アン、もし私が誤った道に進みそうになっていたらその時は止めてくれ」

「おう」

「殴ってでもいい、止めてくれ」

「分かった」


 それでも迷わない。

 ただ未来だけを見据える。


 憎しみはどこかで誰かが止めなくてはならないものだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  親の罪は子にも、と考えるエリカに対し、オイラーは……。  少し頼りなく見えていたオイラー。彼の覚悟とその器の大きさを見た思いです。  間違えた時にきちんと正してくれる存在がいてくれるこ…
[良い点] 『49.いつか誰かがその憎しみに』拝読しました。 善人も悪人も人物像が深く描かれていて、感心するばかりです。 本当に相手を想うなら、その人の幸せを願うはずですが、 エリカの歪んだ愛は深…
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