46.光栄です
「先代の第一夫人を殺したのが母?」
告げられた言葉にサルキアは愕然とする。
「ああ。てか、厳密には指示を出したってとこだろーけどな。あいつ戦闘能力皆無そうだし。暗殺者を雇ったか何かだろ、多分」
頬に白いガーゼを貼り付けられたアンダーは淡々と述べる。
「そんな、こと……」
サルキアは訳が分からないとでも言いたそうな顔をしていたが、だからといってアンダーの話を信じていないわけでもなかった。
加えて、あの時のエリカの発言が、アンダーが話していることの強い根拠となっている。
「もしそれが事実なのであれば、大変なことです。大問題です。少なくとも母は王城から追放されるでしょうし……娘である私も今のままではいられない可能性が高い……」
さすがに難しい顔をせずにはいられない。
「そして何より陛下のお気持ちを考えると……」
それ以上言葉を紡ぐことはできず、俯いてしまう。
ローテーブルを挟んで向かい合わせにソファに座っているサルキアとアンダー。二人きりの狭い談話室に漂うのは息が止まりそうなほど重苦しい空気だ。
「オイラーはお嬢まで追い出したりはしねーだろさすがに」
「お母様が亡くなられた時、陛下は酷くショックを受けていらしたそうですので……」
「や、それはねーって」
「ですが」
「心配すんな。そん時ははっきり言ってやる。アンタやりすぎだ、ってな」
アンダーにそう言われて、サルキアは柔らかに目を伏せた。
「……やはり優しいですね」
こうして向かい合って話しているだけでも胸の鼓動が速まる、なんて言ったら、アンダーはきっと馬鹿だと笑うのだろう――そんなことを思って、サルキアは口から出そうになった言葉を呑み込む。
「今日は助けてもらっちまったからな」
「私は何もしていません」
「護衛止めてくれたろ?」
「あれは……反射的に言葉が出ていただけです」
微かに頬を赤く染めるサルキア。
対照的にけろっとしているアンダーは「アンダーは人です、は、さすがにウケたけどな」なんて冗談めかしつつ吐き出す。
それに対してサルキアは赤らんだ顔のままで「や、やめてください! 笑うための発言ではありません!」と言い返した。
「けど、ありがとな」
ソファの座面であぐらをかいていたアンダーはふっとサルキアへ視線を向けて。
「アンタ、いいやつだよ」
ほんの少しだけ穢れなき笑みを浮かべた。
でもどうしてだろう? サルキアにはその笑顔がどこか寂しそうにも見えて。不思議で、掴めなくて、でもだからこそ余計に触れたくなるような――そんな得体のしれない感覚があった。
◆
死刑を言い渡されていたアイリーンとワシーだが、あの後減刑となった。
アイリーンに関してはランの努力が実った形だ。
ワシーについては国家の闇に関する有力な情報を提供したということでアンダーからの進言もありそういう結果となった。
一方、拘束されたエリカはというと、当面そのままの状態でおいておくということが決定する。
取り調べが必要。
そう判断されてのことだ。
また多くのものが変わり始める――。
◆
自室で過ごす夜。
以前とは大幅に状況が変わってしまった。
ここのところサルキアはろくに眠れていない。
というのも、夜間のいたずらが非常に多いのだ。
すべての始まりはエリカの悪行が僅かにではあるが明るみに出てその噂が一気に城内に広まったことだった。
その日から毎晩のように何度もノックしてくるという地味ながら非常に鬱陶しいいたずらが発生している。扉を叩く音に反応して外へ出ればそこには誰もおらず、室内へ戻るとまた扉を叩くような音が鳴る――そんなことの繰り返し。また、いたずらだろうと考えて無視しているとノック音は徐々に大きくなっていくので、これまた厄介。
ドンドンと扉を叩かれた際にはさすがに恐怖を感じた。
そんなサルキアは、ある日の午後、廊下を歩いていて軽いめまいに襲われた。
足取りがおかしい。
誰の目にも明らかな動きをしていて。
そのまま茂みへ倒れ込みそうになって――たまたま通りかかったジルゼッタに支えられる。
「サルキア殿、どうされたのです」
女性にしては力強い腕に支えられ、サルキアは一旦付近のベンチへと移動することとなった。
「申し訳ありません、情けない姿を」
「気にされることはありませんよ」
ジルゼッタはサルキアの隣に座って弱々しい背中を擦る。
「色々忙しいのでしょう、お疲れなのでは」
「……そのようなことを言ってはいられません」
「加えて、ここのところあまり良くない噂も耳にします」
その言葉にサルキアはびくと身を震わせた。
「そういったこともご負担なのでは、と、想像するのですが」
「……すみません、色々」
ようやく真っ当な平衡感覚を取り戻せてきたサルキアは、悩みを打ち明けるかどうか迷っていた。
ジルゼッタであればきっと聞いてくれるだろう。
そして恐らく味方になってくれるはず。
否定してきたり敵対するようなことを言ってくることはないはずだ。
そう思いはするのだが、それでもまだ少し躊躇ってしまう。
「力になれそうなことがあれば指示してください、従います」
「私はジルゼッタさんの上官ではありません」
「似たようなものですよ。サルキア殿は陛下に次いで貴いお方でしょう」
こんな個人的な問題にジルゼッタを巻き込んで良いものかどうか。
そこがサルキアの悩んでいる点だ。
そんな時、ジルゼッタがサルキアの片手をそっと取って握った。
「一人で悩まれる必要はありません」
ジルゼッタから真っ直ぐな視線を向けられると、これまた何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
サルキアは翻弄されるばかりだ。
でも、アンダーに見つめられるのとはまた少し違っていて、ときめきの中に包まれるような安心感も感じている。
だからこそ。
「あの……少し、話を聞いていただいても?」
サルキアはそんな風に口を開いた。
「光栄です、プリンセス」
そう返すジルゼッタの表情は武人らしからぬ柔らかなものであった。




