39.話し合いの場にて
国王が動けば周囲も動くものだ。
ランからの申し出を受け入れたオイラーの指示により、四名での話し合いの場が設けられることとなった。
牢がある建物内の一室。
殺風景なその部屋が話し合いの舞台だ。
アイリーンは柵の向こう側から見張りの男性たちに囲まれつつ連れられてきて、そこへたどり着いた。
その首もとには青い蝶が光っている。
テーブルを挟んで向かい合わせに二つずつ置かれた一人用ソファ。全部で四つ。そこに参加者は腰を下ろす。オイラーとアイリーンが向かい合う形となっていて、アンダーとランも正面に座る形になっている。
ちなみにアイリーンだけは両腕を背中側で縛られているので手は使えない状態だ。
室内には四人だけ。
ただ扉の外には見張りは待機している。
「君がアイリーンか」
「そうです」
向かい合った二人は互いに冷ややかな顔つきをしていた。
「私は君に情けをかける気はない」
「そうですね」
「ランさんの強い希望によりこの場が実現したというだけのこと」
「お聞きしております」
そんな二人をハラハラしながら見つめているのはラン。
柔らかい雰囲気での話し合いなんてできるはずもない……。
分かってはいたけれど実際に始まってみたら……。
ランの心には不安があった。
「侍女である君がなぜ我が国を裏切ったのか、まずはそれを聞かせてもらおうか」
オイラーの面には深く静かな怒りが滲んでいる。
彼なりに怒りを露出させないよう気をつけてはいるのだろう。だがそれですべての感情を押し殺してしまえるわけではなくて。だから滲み出てしまうものはどうしてもあるのだ。
「父の意向です」
「そういえば君の父上も拘束されたリストに入っていたな」
「はい」
「父上からの命令が裏切った理由か」
「そうです」
アイリーンの表情は無に近いものだ。
「父は現体制を良く思っていません。そして、特に、陛下の傍に良家の出でない男がいることに強い不満を抱いていました」
彼女は命乞いをする気はないのかもしれない。
「それゆえアンを狙ったのか?」
元々怒りを抱いていたオイラーの目つきがより一層険しいものへと移り変わる。
彼の声は震えていた。
それもまた怒りゆえであろう。
「そうです」
アイリーンの短い返答に、耐えられず立ち上がりそうになるオイラー。
しかし隣にいるアンダーが鋭い視線を向けて「落ち着け」と言ったことで正気を取り戻し、オイラーは「失礼」とだけ述べて腰を元の位置へ戻した。
「君はあの術の恐ろしさを知らず使ったのか」
「いいえ」
「……何だと」
「かつて――それは事故的なものではありましたが、姉も、その術を受けました。ですので何が起こるかを知らなかったわけではありません」
ガタン、と、大きな音が鳴る。
オイラーが立ち上がった時、そのあまりの勢いに一人用ソファが傾くように倒れた――その音だった。
「君は自分が何をしたか分かっているのか!!」
立ち上がりアイリーンの胸ぐらをつかむオイラー。
その身を強制的に引き上げられて、それでもなおアイリーンの表情は涼しいものだ。
「理解しています」
ランは不安と恐怖が入り混じったような顔をしている。
「ふざけるな!!」
殴りかかりそうな勢いのオイラー。
さすがにこれはまずいと思ったのか隣の席に腰掛けていたアンダーが立ち上がる。
「やめろ」
アンダーは言うがオイラーの耳には届かない。
「やめろって言ってんだろ!」
振り下ろされかけたオイラーの拳をアンダーは手で止めた。
「殴っても解決しねーんだよ」
「邪魔しないでくれ、もう耐えられない」
「取り敢えず落ち着け」
アンダーはオイラーの手をアイリーンから引き離す。
そして両者の間に入った。
「暴れんな」
「邪魔しないでくれ……」
「そりゃムリだな」
「アン、君は被害者じゃないか。なのにどうしてその女の味方をするんだ」
してねーよ、と、アンダーは吐き捨てる。
「けど今日はそーいう会じゃねーだろ」
ランはアイリーンを気遣っていた。
「言いたいこと言うのは自由だけどよ、殴んのはちげーだろ。そんなことも分かんねーのか」
「……だが」
「ここでキレて暴れんのは幼稚だ」
「……あ、ああ、そうだな。すまない。私が……間違っていた」
ようやく落ち着いてくるオイラー。
彼は倒れたソファを自らの手で直しそこへ再び腰を下ろした。
「で」
乱れた場が一旦落ち着くや否や、アンダーはじとりとした視線をアイリーンへと向ける。
「結局オレは生き延びたわけだけど、どんな気持ち?」
挑発的な目つき。
今の彼は彼らしい顔をしている。
「あと、アンタのお父上がどんな顔して悔しがったかも知りてーなぁ」
アンダーにはアンダーの、言いたいことがあった。
「ま、その顔じゃアンタちっとも反省してねーんだろーけどな」
「……反省も、後悔も、ないわけではありません。ただ、父の命令に逆らえないのは昔からでした。……抗うことは、できなかった」
「被害者ヅラしてやんの」
「ずっと、そんな自分が嫌いでした」
「アホだな」
ランは思わず「や、やめてください! そのような言い方!」と口を挟んでしまい、後からその行動を悔やんだ。
言いたいことは言わせるべきだった、と。
なんせアンダーは被害者なのだ。傷つけられた側だ。嫌みを言う権利くらいはある。そして、部外者にはそれを禁止する権利はない。
「その年になって嫌なこと嫌とも言えねーとか、そりゃないわ」
一人掛けソファに座り、膝に肘をついて身体を前傾させる。
「嫌なら嫌て言えよ」




