38.お互いに譲れないものがある。
アイリーンを死刑になんてさせるものか。
ランは基本控えめにしていることが多いがだからといって何があっても大人しくあれるわけではない。
譲れないものは譲れない。
手放せないものは手放せない。
そして、許せないことは許せないのだ。
男性は苦手だ。
だからずっとオイラーのことも避けてきた。
でも今日は目的がある。
だからランは向かう。
夫にして、エイヴェルンの王たる男、オイラーのもとへ。
深呼吸をして、彼の部屋の扉をノックする。
すると比較的短時間でその扉は開いた。
隙間から見えたのは王の顔。
「……君は」
正直なところを言うと、ランはあまりオイラーのことが得意でない。対面した時に何となく圧を感じるからだ。顔を合わせるとその圧に押し潰されそうになるので、オイラーに対しては苦手意識を持っていた。
「陛下、お話があります」
だが今日は違う。
今日のランはこれまでのランではない。
だからこそ相手がどんな風に接してこようとも負けはしない。
「何か用か」
「アイリーンさんの死刑に関する件です」
「死刑?」
「はい。その命令を出されたのは……陛下、貴方なのですよね」
オイラーは事情を何となく察したようで。
「分かった。あちらで話をしよう」
そう返し、ランと共に自室近くの談話室へと移動することにした。
「――で、アイリーン・バーナーに関する件だったな」
談話室で二人きりになったオイラーとラン。異性が得意でない者同士、お互いに緊張した面持ちでいる。ある意味似たところのある両者だが、だからといって仲間意識を持っているわけではなかった。オイラーは無表情よりも硬い表情を浮かべており、対するランは絶対に負けないという決意を抱えたような顔をしている。
「罪を犯したことは事実ですから罰を受けなくてはならないことは理解できます。しかし……死刑というのは、さすがに……それは、やり過ぎではないでしょうか」
ランはそう訴えるのだが。
「決定を変えるつもりはない」
オイラーはきっぱりとそう言い放った。
「アイリーンさんは国のために働いてこられた方です」
「先ほどの言葉がすべてだ」
「……なぜそうも頑ななのですか」
「アンをあれほどまでに苦しめた女だ、絶対に許さない」
ソファに腰掛けるオイラーは凛とした姿勢を保っている。
その姿はまるで高級なオブジェのよう。
佇んでいるだけでも高貴さが滲み出ている。
生まれながらにしてまとっているものなのだろう。
だが、それでもやはりオイラーは人間で。
人間だからこそ彼には面倒臭いほどの頑固さがあった。
「……根に持っていらっしゃるのですね」
「当然君には感謝している。だが、だからといってどのような主張でも受け入れられるわけではない」
「解放してくださいとは申しませんが……どうか、アイリーンさんに……もう一度チャンスを与えてあげてください」
もしもその視線が剣であったならば、二つの刃は容赦なくぶつかり合い鋭い音を立てていただろう。
「断る」
それぞれに護るべきものがある。
だからこそ妥協はできない。
そんなところも含めて、二人はよく似ていた。
「彼女はアンを苦しめた女だ、絶対に許さない」
話し合いは平行線。
「……どうか、一度、チャンスを。お願いします。……わたくしにできることであれば、何でも……何でもします、ので」
「そういう問題ではない」
「少し……ほんの少しだけ、話し合いの場を、設けていただくことはできませんでしょうか」
「そのつもりはない」
オイラーは何度でもランを叩きのめす。
「アイリーンさんと、話を。わたくしも参ります。ですからどうか……」
「無意味だろう」
それでもランは諦めない。
「お願いいたします……」
「悪いが断る」
「どうか、話を。そうすればきっと、陛下も、アイリーンさんが極悪人ではないと……理解してくださるはずです」
「何度頼まれても、そういったことは――」
その時。
「いーんじゃねーの?」
口を挟んだのは、何の前触れもなく扉を開けて入室してきたアンダー。
「アン、いつの間に」
「外に丸聞こえだっての」
アンダーはランへ目をやって「あ、この前はプレゼントありがとな」と短く礼を述べた。
「しよーぜ、話し合い」
意外に乗り気なアンダーである。
「本当ですか……!」
ランの面に少し嬉しげな色が広がる。
「何を言っているんだ。君は君をあんなにも苦しめた張本人と会うことになるんだ、その心情を想像すると」
ただ、それでもまだ、オイラーは重苦しい顔をしている。
「いやべつにオレはへーきだし」
「アンの大丈夫ほどあてにならないものはない」
「いやホントに。もう何の症状もねーしさ」
「だが……心の傷を抉るようなことは……」
「過保護過ぎんだろ」
呆れたように溜め息をつくアンダー。
「なんだかんだ言ってるけどよ、アンタ、決定を変えたくねーってだけだろ?」
場の空気が凍りつく。
「……なぜそのような言い方をするんだ」
「オレは思ったことそのまま言ってるだけだけどな」
「なぜ、悪女を擁護する」
「そーじゃねーって。話す機会与えてやるくらいいーんじゃね? って言ってるだけのことだっての」
オイラーの言葉が途切れる。
何やら考えているようだ。
「……分かった、アンがそう言うのであれば」
長い沈黙の果てに。
「話し合いの場を設けよう。ただし一度だけだ」
オイラーが出した答えはそれだった。
「ありがとうございます……!」
ランは両手の手のひらを合わせて可憐な面に花を咲かせる。
「感謝いたします……!」
それから何度も頭を下げていた。




