36.貴女のことが知りたいのです
「サルキア様もアンダーさんも受け取ってくれて良かったわ」
ランは一つ目的を達成した。
完全な形ではないかもしれないけれど。
でもやりたかったことをできたことは事実である。
「喜んで、くれた?」
「うーん……そこはちょっと定かではないけれど」
「嫌な、顔、された?」
「ううん。そんなことはなかったわ。特にサルキア様は、嬉しく思ってくれているみたいだった」
「なら、良かった、安心」
ちなみにランはというと、今日はアイリーンのところへ行く予定だ。
今はそのためにリッタと共に歩いている。
前回は冷たくあしらわれて心が折れ残念なことになってしまったけれど、それでも明るい未来を諦めたくないから、また彼女に会いに行くことにしたのだ。
その途中。
「ランじゃないか」
「ジルさん……!」
偶然ジルゼッタに出会う。
「どこかへ出掛けるところか?」
「はい。今日はまたアイリーンさんに会いに行ってきます」
「そうか、気をつけて」
「お気遣いありがとうございます」
それ以上言葉を交わすことはなかった。
けれどもジルゼッタの思いやりはランに十分に伝わっていた。
建物に入る直前でランはリッタと別れる。
「気をつけて」
「ありがとうリッちゃん」
頑張るね、と笑って、ランは一人牢のある建物の方へと足を進め始めた。
埃臭さは相変わらずだ。
でも前に一度来ているので緊張感はそれほどない。
それに、今日は少しワクワクしている部分もあるのだ。
この前アイリーンのために買ったアクセサリーを持ってきているからである。
受け取ってもらえるかどうかは分からない。でも自分が選んだ贈り物を見てもらえるというのは楽しい気持ちを湧き上がらせてくれる出来事。もし喜んでもらえなくても、それでもいい。そう思いながらも、何度でも期待してしまう。もしかしたら喜んでもらえるのでは、もしかしたら気に入ってもらえるのでは、と。
だが、アイリーンが入れられている部屋の手前まで来た時、その部屋の前に一枚の紙を持った男性が立っているのが見えて。
「アイリーン・バーナー、貴様には死刑を言い渡す」
――男性は確かにそう告げていた。
「ど、どういうことですかっ!?」
ランは思わず叫んだ。
男性の顔がランの方へ向く。
知らない異性に顔を向けられたことで少し畏縮気味になってしまうラン。
だがそれでも逃げ出すことはなかった。
「アイリーンさんが死刑だなんて! そのようなこと、おかしいです!」
「ご夫人がなぜここに?」
「そ、そういう問題では……ありませんっ! さ、ささ、先に……なぜそのようなことになっているのかを教えてください。アイリーンさんを、こ、殺す……なんて、わたくし……認めませんからっ」
ランは必死だった。
しかし男性は不思議そうな顔をするだけ。
「そもそも貴女は関係ないでしょう。陛下のご決定です」
男性はさらりと言った。
「……そ、そんな」
陛下が決めた? そんなことを? そんなにも残酷なことを?
ランにはよく分からなかった。
「いずれにせよ、貴女が何を仰ったとしても決定は覆りはしませんよ。ですのでお帰り下さい。ああ、それか、最期に少しお話をなさっても良いかもしれませんね。では失礼いたします」
紙だけを手にした男性は淡々と言って去っていった。
「あ、あの……アイリーンさん……」
「なぜここへ来たのですか」
「え……」
「二度とお話しすることはない、そう申し上げましたよね」
「それは……そう、です……けれど、わたくし、やはりどうしても……アイリーンさんとあのまま二度とお話できないなんて、嫌で」
こんな時でもアイリーンは冷たかった。
その声。
その視線。
すべてが氷剣のよう。
それでもランはもう彼女を恐れはしなかった。
「実は、アイリーンさんにプレゼントが」
「――やめてよ、もう」
椅子に座ったままのアイリーンは吐き捨てるように言った。
「貴女とは終わったの、どうしてそれが分からないのよ」
「え、えと……ですから……」
ランは何か言いかけたが。
「いい加減にして!!」
その声はアイリーンの叫びに掻き消された。
「もう貴女の顔は見たくない」
アイリーンはランを睨んだ、けれど、ランはアイリーンから目を逸らさない。
「……わたくしは、会いたいです」
「鬱陶しいのよ」
「そうかもしれません。迷惑なことをしているのかもしれません。けれどわたくしは……アイリーンさんとさよならなんてしたくないのです」
今日のランには覚悟がある。
「何を言っても意味なんてない」
「だとしても、わたくしはアイリーンさんを大切に思っています」
だからそう簡単に心折れはしない。
前回とは違う。
今回は冷ややかな態度を取られる覚悟をしてここへ来た。
「くだらない」
「どうとでも仰ってください」
「……何よそれ」
「わたくしは何度でも言います。貴女が大切なのだと。事実ですから、当然です。わたくしにとって貴女は特別な方です」
迷いのないランからの視線に耐えきれず、アイリーンは目を伏せた。
「貴女も聞いたでしょう、もう死ぬんです」
「あのような決定は認めません」
「……馬鹿なことを。寵愛を受けているわけでもないご夫人が何を言おうが決定が覆ることなどあり得ないというのに」
すべてを諦めたような目をして笑うアイリーンを、ランは放っておけなかった。
「アイリーンさんとて、死にたくはないはずです」
だからランは退かない。
「ですのでアイリーンさんが生き延びられる道を模索します」
ただ、それすらも。
「くだらない。要らないわ、そんな気遣い」
アイリーンは拒否する。
「死など怖くはない」
彼女は確かにそう言った。
「きっと、お姉さまが迎えてくれるもの」
その言葉にランはハッとする。
自分はアイリーンのことを知らない。
過去も。
生きてきた道も。
でももしそういったことを少しでも知ることができたなら。
もしかしたら何か変えられるかもしれない。
「お姉様は……既に亡くなられているのですか」
ランの言葉に、アイリーンは思わず口を押さえる。
「何があったのか、わたくしに話してはくださいませんか」
アイリーンの瞳は動揺によって震えている。
「貴女のことが知りたいのです」




