35.贈り物とその後と
やってしまった――。
自室へ戻ったサルキアは頭を抱える。
信じられないような、到底正気とは思えないような、そんなことを言ってしまったことを心の底から後悔する。
ランからの贈り物は素直に嬉しかった。
まさかアンダーとお揃いだなんて、というのはあったけれど。
でも、それでも、贈り物を貰った嬉しさは変わらなくて。
ただ。
「どうしてあんなこと言うのよ……!」
将来?
結婚して幸せに?
アンダーは簡単に言うけれど。
それは簡単なことではないし、そもそも、必ず訪れる瞬間でもない。
――嫌な記憶が蘇る。
可愛くない。
可愛げがない。
どれだけそんな風に言われてきたか。
勉強は得意だった。でもそれだけ。良質な教育を受けられる環境にも恵まれていた。成績は良かったし、優秀だと褒められることはあったし、王族だからというのもあるが他国へ出て良い環境の中で学ぶこともできた。
でもだからこそ良く思わない人間もいて。
そういう人たちは口を揃えて言う。
王家の力で好きなように学べているだけ。
勉強だけの女なんて女としての価値は低い。
……そんな風に。
だからこその可愛くないとか可愛げがないといった言葉なのだろう。
サルキアとて分かってはいるつもりだ。
自分のような人間には女としての魅力なんてないのだと。
――結婚なんて、無理。
誰がこんな女を愛する?
愛想もない。
変に真面目。
口うるさいし、すぐあれこれ指摘するし。
そのくせ肝心な時には冷静でいられない。
「可愛くなんてなれないのよ……」
サルキアはベッドに倒れ込んで、シーツを掴む。
「頑張ってできることとできないことがある……」
呟いて、ふと思い出す。
『お嬢、アンタ、頑張ってるよ』
いつか彼がかけてくれた言葉。
本人は忘れているだろう。
けれどもサルキアの胸には今も残り続けている。
そして、これから先も……。
「上手くいかない」
ゴールドの長い髪が頬にかかり顔に影を落とす。
「もっと器用に生きられたらいいのに」
影の中で目を細める。
「いつもおかしなことばかりしてしまう」
唇を動かして、上半身をむくりと起こす。
嬉しさも、悲しさも、彼が絡むと何もかもが心を大きく掻き乱す。
冷静でいたいのに。
真逆になってしまう。
「どうして……私、こんな風になってしまったの」
もやもやに包まれて。
ただ時だけが過ぎてゆく。
◆
ランから返されたアクセサリー購入のお釣りをポケットにしまって、アンダーは平凡な光に包まれた道を歩く。
中庭には、蝶が舞い、花の香りが漂う。
けれども彼はそういったものにはあまり興味がないので素通りした。
ふと視界に入ったオイラーの部屋。特に用はないが、寄ってみよう、なんて思い立ち。彼はふらりとオイラーの自室へと入り込む。
「アンか」
「おう」
「私に何か用事か?」
「いやべつに」
そんなありふれた言葉を交わして、二人はそれぞれいつもの居場所に落ち着いた。
だがオイラーは見逃さなかった。
「アン、その箱は何だ?」
オイラーは時折物凄い鋭さを見せることがある。
特にアンダー関連では。
小さな変化であっても見逃さない、唐突にそんな瞬間があるのだ。
「あーこれ?」
「誰かから貰ったのか?」
「や、実はさ」
面倒臭いなぁ、なんて思うアンダーだったが、ここでごまかすような態度を取るとオイラーをあれこれ考えさせてしまうと分かっていた。それはアンダーからしても望ましいことではない。そこで彼はシンプルな形で事情を説明することにした。
「――なるほど、そうだったのか」
説明を受けたオイラーは納得したようだった。
「しかしまたなぜにサルキアとお揃い?」
「知らねーよそんなん」
「君たちはそんなに仲良しだったのか?」
「いやべつに」
オイラーは箱の中身に興味がある様子。それを察したアンダーは「ほらよ」と箱ごとオイラーへ手渡した。オイラーはほんの少し戸惑ったような表情を浮かべたが「好きにしな」と言われたためそっと蓋を開けた。そしてそこにそっと置かれているブレスレットを目にすると僅かに頬を緩めて「アンによく似合いそうだ」と口を動かす。
「やはり女性の選択はセンスがある、尊敬に値する」
「アンタがくれるもんいっつもやべーもんな」
「ああ……買う時にはきっと似合うだろうと思うのだが……私は本当にセンスが壊滅的過ぎてどうしようもない……」
「ま、オレも端から壊しちまってたけどな」
箱からブレスレットを持ち上げたオイラーは、満足そうな顔をして、アンダーの方へと足を進めていく。
「ちょ、何?」
「早速つけてみよう」
「はああ!?」
「きっと似合うだろう。ほら、手を出して」
「や、ちょ、待て!」
「いいから」
オイラーはアンダーの右腕を掴むと「そのまま」と指示を出す。アンダーは若干不満げな顔をするが、それでも王たる彼に逆らうことはできず、なんだかんだで指示に従ってしまう。そんな彼の右手首に、オイラーはブレスレットをはめた。
「よく似合うじゃないか」
そう述べるオイラーの顔には満足の色が濃く浮かんでいた。
「アンタそれ言う相手間違ってんぞ……」
紳士を絵に描いたような柔らかな表情を向けてくるオイラーに対して思わず突っ込みをいれてしまうアンダー。
しかし当のオイラーはそんな突っ込みなど少しも気にしておらず。
「やはりアンは何でも似合う」
「は、はぁ?」
「素材が良いからだろうな」
「わけ分かんねぇ」
ただ簡単に褒めるだけでは足りなかったのか。
「アンはよく見ると美しいからな。私は凄く好きだ。その頬に、その瞳に、何度でも魅了される。特に瞳などはその高潔な魂が滲み出ているようで、いつまでも見つめていたくなる」
唐突に語り出すオイラー。
そんな彼を見て思わずげんなりした顔をしてしまうアンダーだったが――当のオイラーはやはり気にしていない様子で、満足そうにあれこれ語っていた。




