34.思わぬ展開?
「急に呼び出してしまい……申し訳ありません」
ランに中庭に呼び出されたのはサルキアとアンダーだった。
「私に何かご用でしょうか」
「何なんだよ急に」
二人とも、ランに呼び出される心当たりはなかった。
だからこそ何が何だかよく分からない状態で。
しかも、二人同時に呼び出されたとなれば、なおさら意味が分からない状態だ。
「実は、わたくしからお二人にプレゼントがあるのです」
そう言って微笑むランは天使のよう。
「……と申しましても、この前アンダーさんからいただいたお礼金で買ったものですから、厳密にはわたくしからではないかもしれませんが……」
嫌な予感がする、というように、怪訝な顔をするアンダー。
「こちらです」
ランは紙袋を持っていた。
そこから小さな箱を一つずつ取り出してサルキアとアンダーそれぞれに手渡す。
「いただいて……良いのですか?」
サルキアは何が起こっているのか理解できず戸惑っていた。
それでもランに「よければ開けてみてくださいね」と促され、箱のリボンに手をかける。
恐る恐る箱の蓋を開けて、サルキアはハッとしたような顔をした。
「これは……ブレスレット?」
金色に光る細いチェーンに鍵モチーフの飾りが一つついている。鍵モチーフの部分は金色がベースにはなっているが、鍵で言えば持ち手にあたる部分には淡いピンクと深いレッドの小さくも煌めく石が埋め込まれていた。またそれを取り囲むように細やかな装飾も施されている。
「とても、綺麗ですね……」
ブレスレットを見つめる灰色の瞳には無数の煌めきが映り込んでいる。
一方アンダーはというと、サルキアと同じくランから箱を開けてみるよう促される。最初は渋っていたが、あまりにも圧をかけられるものだから、仕方なく彼もまた箱を開けた。そこにそっと置かれていたものもまたサルキアが見つめるものと同じものであった。
「お揃いにしてみました」
ふふ、と、ランは笑みをこぼす。
「何考えてんだアンタ……」
理解できない、とでも言いたげなアンダーは、何度も目をぱちぱちさせている。
サルキアはまだ手もとのブレスレットをじっと見つめている。
「あのなぁ、マジで余計なことすんな」
一旦箱の蓋を閉めたアンダーは隣のサルキアへ目をやって「おい、お嬢も何か言ってやれ!」と言う、が、サルキアはほんの少し頬を赤く染めて嬉しそうな表情のまま停止している。彼は続けて「お嬢だってオレと揃いとかは嫌だろ?」と声をかけるが、それでもサルキアはじっとしているままだ。まるで彼女だけ時が止まってしまったかのよう。
「ま、いーや。せっかく買ってきてもらったわけだし、捨てるのはさすがに惜しーよな」
オイラーに渡してくるわ。
彼はそう言った。
だがそれでは駄目なのだ。
そのために買ってきたわけではない。
だからランはアンダーを止めようとした――のだが、それより一瞬早く、サルキアが口を開く。
「あの」
歩き出しかけているアンダーの足が止まった。
「嫌では、ないです」
サルキアは非常に気まずそうな面持ちで述べる。
目が飛び出しそうな勢いで驚くアンダー。
「私、こういうの、貰ったことあまりなくて。あと、お揃いとかも……」
日頃は冷静さを崩さないその面が、今は微かに色づいている。
ほんの少し俯いた頬が紅潮している様はまるで可憐な少女のようで、二十代も終わりに近づいている女性とは思えないようなもの。
恥じらいと、それと。
言葉では言い表せないような色、嬉しさやらむず痒さやら様々な感情が入り混じったような。
「そういう経験があまりないので……ランさん、ありがとうございます。とても……新鮮で、嬉しいです」
サルキアは慎重に言葉を紡いでいた。
でもそれはきっと彼女の中にも戸惑いがあったからなのだろう。
「相手考えろ」
「私はべつに、貴方とお揃いでも気にしません」
「おいおい! そりゃ無茶苦茶過ぎんだろお嬢! ……ったく、アンタら兄妹揃ってアホか」
呆れきったような顔をするアンダーだったが。
「……私とお揃いは嫌ですか」
上目遣いで問われると、息を詰まらせてしまった。
言葉ではない圧をかけられアンダーは思わず後ずさりする。
「そーいう問題じゃねーだろ」
「いいえ、そういう問題です」
「め、めんどくせぇ……」
「そうやって話を逸らされたりごまかされたりすると不快です。答えは自由です、ですが、はっきり答えてください」
サルキアは立ち位置こそ変えていないものの、眉間にしわを寄せ、答えなさいと命令するような圧を強める。
「問いには答えるべきです」
しばらく間があった。
それは空気が冷たくなりそうなほどの沈黙。
――しかしそれも永遠ではない。
「あのなぁ、分かんねぇのか」
やがて口を開くアンダー。
「オレと親しくしてっと周りからあれこれ言われんだよ」
飛び出した言葉は想定外のものだったようで、サルキアは一瞬拍子抜けしたような顔になってしまう。
「変な噂流されたくねーだろ?」
「そんなことをする者がいるなら、その者が間違っています」
「そーいう問題じゃねーから言ってんだよ」
「意味が分かりません」
「くだらねー噂流されちゃアンタの将来に響くだろが」
「何を……」
「アンタだってそのうち結婚すんだろ? そん時困るんだよ。アンタがな。ま、オレはべつに困らねーけど」
アンダーがあまりにもすらすら言葉を紡ぐものだから、サルキアは何も言い返せなくなってしまう。
ハラハラしながら二人を見守るラン。
「足引っ張りてーやつなんていくらでもいるからよ、そーいうやつは絶対言うわ。『あの女昔家柄もねー男と仲良くしてた』とか、何ならもっと盛って『未婚のくせに害虫とできてる下品な女』とかな」
サルキアは俯いている。
「お嬢、アンタはいつか幸せになるんだろ? そん時邪魔んなるよーなことは今からすんなってこった。分かるな?」
俯いたままのサルキア、その手は震えていた。
「アンタが将来金持ったいーやつとちゃんと幸せに暮らせるよーにって一応こっちも考えてんだよ」
アンダーはそう言うが。
「――もん、そんなの」
「はぁ?」
サルキアは何か呟いた。
そして。
「要らないもん! そんな! 金持った結婚相手とか!」
彼女は爆発的に怒っていた。
「それに、相手がいなかったらアンダーと結婚すれば解決!!」
感情のままにそんな爆弾発言を残し、子どものようにぷんすかしながら歩いていってしまう。
意外な形でサルキアが去っていったのでその場にはアンダーとランだけが残されることとなる。
「やべぇなあいつ……」
これにはさすがのアンダーも驚いているようだった。
「てか、幼児かよ! 異性の友達できた途端結婚するとか言い出す幼児レベルじゃねーか、何なんだ一体。わけ分かんねーよ!」
微笑ましく感じてなのかランはにっこりしている。
「マジで大丈夫かこの国……」
くらくらする、とでも言いたげに、額を押さえるアンダーだった。




