33.想いが届くといいな
店内を見て回るランの表情は明るい。
まるで初めて恋をした乙女であるかのような浮かれ気味で楽しげな面持ち。
リッタはそんなランの背中を追って歩く。
ランは時折「リッちゃん、これ可愛いよね!」と共感を求めたり「リッちゃんはどっちが好き?」と尋ねたりする。けれどもリッタはそれらしい答えは発することができなかった。
それは何てことのないありふれた女の子たちの買い物風景なのだけれど、それは、リッタにはいまいち理解できない状況だったのだ。
それに、そもそもリッタはアクセサリーには興味がない。
そこも痛かった。
人間誰しも、関心がないことについて話を振られると困ってしまうものだ。
「アイリーンさんに贈るものについてなのだけれど、これとこれ、どっちがいいと思う?」
紫陽花のネックレスと青い蝶のネックレス。
二つをそれぞれ手に持って見せリッタに意見を求めるラン。
「うーん……。リッタ、よく、分からない」
やはりリッタは首を傾げることしかできない。
「アイリーンさんにはこういう色が似合いそうかなって思って。蝶モチーフも可愛くておしゃれだし。けどね、この紫陽花も捨てがたいの。個人的にはキュートで気に入ってて」
そんな風に語るランはいたって普通の少女のよう。
その姿を見て国王の夫人だと気づく者はいないだろう。
「やっぱり、こっちにしようかな」
しばらく悩んで、果てに、ランは青い蝶のネックレスを選択した。
「アイリーンさんには自由に空を飛んでほしいもの」
ランは一旦会計に向かう。
支払いを速やかに済ませた彼女は自身の財布の口を閉めるとリッタのもとへ戻ってくる。
「今から、次、の、目的?」
「ええ!」
「サルキア様、あげる、アクセサリー?」
「そうなの」
「難しい。サルキア様、王家の人。高級品、ここで、買える? 相応しい、の、ある?」
リッタは右手で前髪を弄りつつ言葉を並べる。
「実はね、リッちゃん、高級品を贈ることが目的じゃないの」
「なら……何、目的?」
「お揃いで二つ買いたいの」
「二つ?」
「そう。二つ。好きな人とお揃いって……乙女の夢よね」
意味が分からない、そんな顔をするリッタ。
ランは一応大人ではある。二十代になって数年は経っているわけで。年齢的には少女ではない。しかしこうして買い物を楽しむ時、彼女は少女のような顔をすることもあった。でもそれは心の底から楽しいと思えるからこそ溢れる表情なのだろう。
「リッタ、ランの笑顔、好き」
――そして帰り道。
「ちょっと遅くなっちゃったけれど、でも、良い買い物ができて良かった。リッちゃん、長く待たせてごめんね」
「ダイジョウブ」
「今度はリッちゃんにも何かプレゼントするからね」
「……リッタ、べつに、アクセサリー、なくていい」
リッタはランをおんぶして走る。
あれこれ悩みながら選んでいたこともあって思っていたより時間は過ぎていて、夜が近くなっている。
「要らないの?」
「リッタ、ランの笑顔、見ていたい」
なんとなく普通じゃない。
そんな雰囲気を持つリッタだけれど。
誰かを大切に想う心を持っていないわけではない。
リッタにだって大切なものはある。
「もう……リッちゃんったら」
「悪い、こと、言った?」
「ううん。リッちゃんはいつも嬉しいこと言ってくれるなーって思って」
僅かに冷え始めた空気の中を風を切るように走り抜けてゆくのは心地よい。
「あのね、リッちゃん」
頬を撫でる風を感じながらランは改めて話を振る。
「何か、話、したいこと? 改まった、感じ」
リッタはランの言葉を聞こうとしていた。
「……ずっと仲良しって言ってくれてありがとう」
ランはリッタのうなじに顔を埋める。
「いつまでも一緒にいたい。こうやって、これからも、いろんなことを経験して、楽しいこともたくさんして、笑い合って」
「ウン」
「改めて今日そう思ったの」
「リッタ、も、そう思う」
「出会ってくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。なんてことのない日々を生きてくれてありがとう」
「コチラコソ」
夕暮れの空が海を赤く染める時間帯だが振り返らなくてはその姿は見えない。
「皆、ずっと笑顔でいられたらいいよね」
でもランにとってはそんなことどうでもいいことだ。
それよりも大切な存在が傍にあるのだから。
「だから今日買い物したの」
「買い物」
「アイリーンさんにも、サルキア様にも、想いが届くといいな」
上手くいかないこと。
上手く伝えられないこと。
きっとあるだろう。
前向きな感情を伝えようとしても、拒まれたり、なかなか伝わらない――そんな日だってある。
「アイリーン、は、難しい、かも」
「でも伝えるわ」
「……ラン」
「だって、わたくしは……三人で過ごす日々を取り戻すことを諦めたくないのだもの」
どれほど険しい道だとしても諦めたくはない。
ランは強くそう思う。
傷つく日も。
涙する日も。
きっとあるだろうけど。
「心配かけてごめんね、リッちゃん」
「ダイジョウブ」
「また、少しずつ頑張って……もし上手くいかなくても諦めない。一歩ずつでも進んで、いつか必ず……望むものは全部取り戻す」
ランの頬に触れるのはリッタの髪。
少し乱雑さも感じさせるような毛質なのだが、それこそが、ランにとっては愛おしさを感じさせるところであった。
「……あとは、サルキア様の恋も成就すると良いのだけれど」




