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タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  作者: 四季


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29.紅く、染まった道を、それでも歩むだろう。

「貴方がここにいるということはあいつらが失敗したということ……まったくもって迷惑の極み」


 眼鏡の男はわざとらしく長い息を吐き出して、それから改めてオイラーの方へと視線を向ける。


「ただ、お迎えに行く手間が省けたのは幸運です」


 冷ややかな声を放つ眼鏡の男の周囲には複数の男がいて、彼らはそれぞれ武器を構えている。

 サルキアだけが相手なら武器を見せる必要はないがオイラーも出てくるとなればそうはいかない、という判断ゆえだろう。


 実際オイラーも剣を手にしているわけだし。

 戦闘が発生した場合に備える、というのは、この状況に照らし合わせてある意味当然の行為ではあるのだ。


「陛下は我々の功績を作り上げるためにわざわざここへ来てくださったのですね? なんと素晴らしきお方」


 眼鏡をかけた男は嫌みを連発しながらにやりと笑みを浮かべる。


 そして。


「出世のチャンス! 捕まえますよ!」


 ほんの少し、短い間の後に、叫んだ。


 それを合図として男たちが襲いかかってくる。


 その誰もが狩りをする獣のような目をしていた。

 そしてぎらぎらしたその双眸が捉えているのはオイラーただ一人。


「おりゃあ!」


 太く短い刃のナイフを手にした男が力任せにオイラーへ襲いかかる。


 オイラーは剣を振った。


 ただ一筋。

 その剣先は男の下腹部から胸辺りまでを斜めに斬る。


「大人しくしてくだされぃ!」

「褒美楽しみぃ!」


 続けて二人の男がほぼ同時のタイミングでオイラーに迫る。


 しかしオイラーは慌てず。

 明確に無にした心で剣を振り十秒もかけず斬り倒した。


 飛び散った紅がつま先に付着したサルキアは唇を震わせる。


「く……さすがに、実力ありますね……」

「敵は斬る」

「しかし……こうも躊躇なく民を斬るとは……」


 眼鏡の男は眉間にしわを寄せる。

 彼は思い通りにいかず苛立ちを抱えている様子だ。


 やがて彼は。


「陛下は悪王ですね! 自国民を手にかけるとは! 民こそ宝である、それが常識だというのに!」


 オイラーの心を乱すべく、罪悪感を煽るような言葉を並べ始めた。


「悪逆非道の王は死すべし! ですよ! それがこの国のためです!」


 ――そして、オイラーの瞳が微かに揺れた瞬間を見逃さず。


 眼鏡の男は自ら突撃。

 その手には細い剣が握られている。


 刃が交差する。


 男の剣をオイラーは受け止めた。


 それでも男の方が動きにはキレがある。


 オイラーの動きは直前までとは違っていた。


 かけられた言葉のせいか否か。

 そこは定かではないが。


「くたばりなさい害悪王!」


 男の持つ剣、その先端が、オイラーの頬を掠めた。


 まだ終わりではない。

 レンズの奥の瞳はまだ迷うことなくオイラーを捉えている。


 そして細い剣の先も。


「お兄様!!」


 思わず叫ぶサルキア。


 陛下、と。


 そう呼ぶ余裕さえなかった。


 ――が、眼鏡の男の右手首に突如何かが突き刺さる。


「っ!」


 男の顔面に広がる動揺。

 突然その身に痛みが走ったこと、加えてそのような展開を想定していなかったこともあり、彼の心は乱れて。

 間もなく手にしていた剣を落としてしまう。

 技術は低くはなかった、けれど、想定外の状況に追いやられた時の対応力が低かった。


「やっぱ放ってるとやべぇな」

「アン……」


 扉の方へ目をやったオイラーの視界に入ったのはアンダー。

 そして眼鏡の男の手首に刺さっていたのは彼が投げたナイフだった。


「来てくれたのか」

「マジで何やってんだアンタ」

「いや、その」

「お嬢めちゃくちゃびびってんぞ」


 その時になってハッとして、慌てて振り返るオイラー。


「すまないサルキア」

「いえ……」


 何とも言えない空気になってしまう。


 その間にアンダーは眼鏡男をしっかり拘束する。彼が「お嬢、紐とか持ってる?」と尋ねれば、サルキアは言葉にならない返事を頷くことで表現した。そして奥の棚の方へと急ぐ。幸いまだ無傷であった棚のガラス扉を開けてその中から一本の縄を取り出した。彼女は両手で長いそれを持ってから「これで良いですか?」と確認。アンダーが「おう」と返すと、サルキアはそれをアンダーのところまで急いで届けた。


「何か手伝いましょうか?」

「いや、いい」

「分かりました。では離れておきます」

「アンタはそのどーしよーもねぇ兄ちゃんを見張っといてくれ」

「はい」


 サルキアはオイラーの近くへ戻るがどんな言葉をかければ良いか分からないようで黙り込んでしまった。しかしそれはオイラーも同じ。二人はお互いに相手にかける言葉を見つけられないままでいる。


 眼鏡の男は拘束されてからも「痛い!」とか「くたばれ!」とか喚いていたが、アンダーは完全に無視して作業を続けていた。


「……サルキア」


 やがて、オイラーが恐る恐る口を開く。


「部屋を汚してしまい、申し訳ない」


 その時のサルキアはオイラーの顔を見るのが怖かった。


 なぜかは分からない。

 そこにいるのは確かに兄のはずなのに。


 でも今は……。


 言葉にできないくらい恐ろしいものがそこに存在しているような気がしてしまって。


「加えて、大事にしてしまったことも謝罪する」

「いえ……」

「だが私は君に暴言を吐く人間は許せない。特に今回の件に関しては、君には関係のないことだろう。それでもあの者たちは君に対して心ない言葉を吐いた」


 オイラーが斬った者はまだ付近に倒れているままだ。


 けれどもきっともうこの世にはいないだろう。


「身勝手ですまない」

「いえ……」

「君には迷惑をかけてばかりだ」

「……人など、そういうものですから。誰でもそうです。誰もが、他者に迷惑をかけて、かけながら……生きているものですから」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『29.紅く、染まった道を、それでも歩むだろう。』拝読しました。 オイラーはやっぱり国王ですから、民のことを言われると一瞬怯んでしまう。 そこをついてきた眼鏡の男。 どうなるかと思いまし…
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