27.蝶と、刃。
「これでぜーいん片付いたな」
アンダーは国王の自室に侵入してきた男たちを蹴散らした。
「さすがの腕前だ」
「こんなもんよ」
オイラーから褒め言葉をかけられたアンダーは少しばかり自慢げに胸を張った。
そんなアンダーにオイラーは近づいて。
「アン、怪我はないか」
彼はそれが当たり前であるかのような慣れた仕草で後ろから包み込むようにアンダーの手を取る。
「こんくらいじゃ怪我しねーよ」
「だが心配で」
「うるせぇ! 近寄んな! あと、いちいち心配すんな!」
相変わらず乱雑なアンダーの口調に安心したオイラーはなぜか急にふわりと微笑んで「元気そうで何よりだ」と言い放った。
男たちは一応死んではいない。
それゆえいずれは目を覚ますだろう。
だがそれはそれで良かったのだ。
国王の部屋をエイヴェルン人の血で穢すわけにはいかない。
それから少し間があって。
「ところで、だが」
オイラーはそんな風に新しい話題を出す。
「まだ何かあんのかよ」
若干面倒臭そうな顔をするアンダー。
「サルキアが心配だ」
「狙われてんのはアンタだろ」
「それはそうかもしれないが、サルキアも巻き込まれてはいるだろう」
「ま、そうかもしれねーけど」
徐々に熱を帯び始めた室内で両者の視線が重なり合う。
「だから様子を見に行きたい」
オイラーははっきりとそう言った。
「……しゃーねーな、ついてくわ」
きっとオイラーの気持ちも多少は理解できたのだろう、アンダーは仕方なくといった雰囲気ではあるが了承した。
そうして二人は部屋を出る。
王城内には見慣れない顔が多くあった。
しかもその多くが武装している。
戦闘は無関係な仕事をしている者とメイドが多く行き来する日頃の王城内の風景とは大幅に異なっている。
それでも二人は先へと進んだ。
「どこへ行かれるのですか?」
敵と思われる者に見つからないよう進んでいた二人だったが、そんな二人の前に一人の女性が現れる。
そう、それは、ランの侍女であるアイリーンだった。
立ち襟の長袖ブラウスにコルセットに似た形状のものがついているロングスカートを合わせた、戦闘員とは思えない格好の女性。おかっぱよりかは柔らかさのあるショートボブが控えめな愛らしさを感じさせる。
――だがその双眸には得体のしれない冷ややかさが宿っていた。
「はぁ? 何だいきなり」
「問いに答えてください」
「うぜーんだよ、そこどけ早く」
あくまで答えないおつもりですか、と、アイリーンは目を細める。
そして。
「……アン!」
次の瞬間、アイリーンは先端が鋭利なフォークを一本アンダーに向けて投げていた。
だがアンダーは蹴り落とした。
そして目の前にいる女性をじとりと睨む。
「アンタ敵なんだな」
「……上からの命令は絶対です」
「そーかよ」
「当然でしょう」
アンダーはアイリーンのことをあまり知らない。
ちらりと顔を見たことくらいはあっただろうが。
だがアイリーンはアンダーのことを知っている。
父であるワシーがいつも悪口を言っていてそれを聞いたことが何度もあるからだ。
「オイラー、先行ってろ」
「なぜ」
「お嬢のこと気になるんだろ」
「だ、だが」
「めんどくせーな。さっさと行っとけ」
「しかし」
「オレ後ろに誰か置いて戦うの嫌いなんだよ!」
するとオイラーは納得したらしく急に素直になる。
「そ、そうか。分かった。では気をつけつつ行ってくる」
サルキアの部屋はここからそう遠くない場所にある。
オイラーは一足先にそちらへと向かった。
「数の優位性を捨てるとは愚かなことです」
「くだらね」
ただ睨み合うだけの二人。
そしてやがて。
先に動いたのはアイリーン。
彼女は食事用ナイフ数本をアンダーに向けて投げつける。
だが見えている。
もはや後方を気にする必要もなくなったアンダーは身軽な動きでナイフをかわすとそのまま距離を詰め、蹴りでアイリーンを壁の方へと追いやっていく。
アイリーンは身をひねり蹴りをかわしてナイフを突き出した。
が、その手をアンダーの手が掴む。
「あんときゃ世話になったな」
一瞬。
一秒にも満たないくらい。
アイリーンの表情が硬直する。
その隙に、アンダーはアイリーンを投げ飛ばした。
「毒に、術に、と、随分可愛がってくれたじゃねーか?」
アイリーンはすぐに立ち上がる。
「……何のお話ですか」
彼女は何も知らないような言葉を返したが。
「とぼけてんじゃねーよ、麻袋」
「ッ!」
「やっぱな。当たりか」
まんまとはまっていた。
表情の揺らぎを見ればそれが当たりか否かなど容易く分かるものだ。
「危ねーんだよ、あんなことすんな。お嬢に当たったらどーすんだ」
「意味が分かりませんね」
「ま、最初から仕組んでたのかもしんねーけどよ」
「その口を閉じなさい」
「そりゃ無理な願いだな」
アンダーは再びアイリーンに接近。
もはや容赦する理由もない。
その時の彼は至近距離にいるアイリーンを完全な敵として捉えていた。
激しい連続攻撃をお見舞いする。
攻撃テンポを加速させること、動きの速さで圧倒することは、アンダーの得意分野。
そして強烈な蹴りがアイリーンのウエストあたりに命中する。
アイリーンは後方に勢いよく飛ばされた。
勢いを殺すことすらできないまま、背中から壁に激突する。
――だがその時。
「アイリーンさん!?」
声がした。
可憐な、鈴の音のような、そんな声が。
「アンダーさんも……ど、どうして……」
声を主はラン。
「どうして……お二人が、戦っているのですか……?」




