25.休日の出来事
その日は特にこれといった予定の入っていない日だった。
簡単に言えば、休日。
そんなこともあり、オイラーは自室でアンダーと共にのんびりと暮らしていた。
オイラーは机の前の椅子に座り、アンダーはベッドの上を勝手に占領している――さすがに靴は脱いでいるが。
「アンタ、国民向けには一応偉大な王ってことになってんだな」
今朝買ってきた新聞をベッドの上に広げて読んでいたアンダーが唐突に口を開いた。
「どういうことだ……?」
「アンタの記事載ってんだけどさ、偉い人みたく書かれてるわ」
「それは少し恥ずかしいな」
「ま、国王なんてのはそーいうもんなんだろーな」
アンダーは雑にページをめくって呟く。
「昔はマジで嫌いだったわ」
本を読んでいたオイラーはそれを一旦閉じてアンダーの方へと視線を向ける。
「それはそうだろうな。アン、君に苦労させてしまったのは、ある意味王の……王家の責任でもある。君だけではないが。君のような身寄りのない者たちを救えなかった」
真剣な言葉を向けられて、アンダーはきょとんとする。
「急にどした?」
一瞬互いに戸惑いに包まれる。
「いや、だから、君の主張に対し――」
「べつに主張とかそんな真剣な話じゃねーよ」
「そ、そうなのか?」
新聞紙がめくれる音だけが室内の空気を小さく揺らす。
「誰でも生きてりゃ一回くらい思うだろ。あいつら贅沢しやがってマジで許さねぇ、とか」
それを聞いたオイラーは。
「私には……それを言う権利はないかもしれないな」
控えめに苦笑した。
「けど、ま、今はアンタらにはアンタらなりの苦労があるんだろーなとは思うし」
「理解をありがとう」
「それに、オレもそこそこいー暮らししてっからな、文句言えねぇわ」
座った体勢で俯いてベッド上に置いた新聞を読んでいたアンダーは重力に従い顔の方へ垂れてきた髪を自然な手つきで片手で後ろへやった。
「もっと甘やかしたい」
「はぁ?」
オイラーの唐突かつ謎だらけな発言に思わず顔をそちらへ向けてしまうアンダー。
「私は君にもう二度と辛い思いをさせたくない」
「急に何言ってんだ?」
「だからここに置いておく。そうすれば極端に危険な任務を押し付けられることはもうない」
軍所属であった時代、オイラーは、アンダーの様子を誰よりも近い場所から見つめてきた。
そして色々思うこともあった。
軍のお偉いさんに対して、である。
「彼らはまるで忠誠を試すかのように君を危険な任務に当たらせるだろう? 今だから言えることだが……常々不愉快だったんだ」
「ふーん。けどそれで結構評価されてたんでオレはべつに困ってなかったけどな」
その時、扉をノックする音が鳴った。
「出る?」
「すまない、助かる」
オイラーからの返事を受け、アンダーは軽く靴に足を入れベッドからひょいと下りると扉の方へ足を進めた。
そして細く扉を開ける。
そこにいるのが誰であるかを確認するために。
――しかし。
「「「失礼いたしますよ陛下!!」」」
扉の外側で待機していた複数の男たちは扉が少し開いた途端に部屋へ押し入ってくる。
アンダーは扉を押して閉めようとした。しかし複数の男が無理矢理入ってこようとするのを止めるには腕力が足らず。押し負けて男たちの入室を許すこととなってしまった。
「動くな!」
侵入してきた男のうちの一人がアンダーへ刃物を向ける。
その光景を目にした時、オイラーは理解した――この男たちは敵なのだと。
やがて、男たちの中のリーダー格と思われる淡いキャラメル色の髪の男が口を開く。
「陛下、大人しく拘束されてください。そうすれば誰にも危害を加えることはしませんから」
「何事だ」
「無能な貴方には王の座から降りていただく。そういうことです」
「話は何も聞いていないが」
「そうでしょう。対策されては損ですからね。こういう作戦はある日突然行うものですよ」
アンダーに刃物を向けていた男はじりじりと距離を詰める。やがてその鈍く光る刃が白い喉もとに触れた。だがその程度で怯えるアンダーではない。できるものならやってみろ、とでも言いたげな表情で、アンダーは目の前の男を睨んでいる。
「従ってくださいますか? 陛下」
淡い髪色の男が黒く冷たい笑みを浮かべて尋ねた。
オイラーはすぐには答えられない。
従う、そう言えば何が起こるか。
さすがに分かりきっている。
「答えてください」
男は返答を急かした。
しかしそれでもなおオイラーは何も言えないままでいる。
そんな形で訪れた静寂に。
「なぁ、オイラー」
声を放ったのはアンダーだ。
「こいつら全員、ぶちのめしていーんだよな?」
「アン……」
「なんたって、反逆者だもんな?」
アンダーはオイラーと目を合わせるとにやりと口角を持ち上げる。
一瞬、オイラーは躊躇うような表情を浮かべた――しかし力強い視線を受けて覚悟は決まり、僅かに目を伏せて、彼はそのまま口を開く。
「やれ」
たったそれだけ。
本当に短い言葉だった。
――けれども、それだけの言葉でも、アンダーを動かすには十分だ。
刃物を持っていようが、その刃を突きつけて脅していようが、そんなことは関係ない。アンダーは蹴り一発だけで目の前の男を撃沈させる。威圧しようとしていただけで大して手練れでもなかった男は数秒もかからず気絶させられることとなったのだった。
「はい次」
異様な空気をまとうアンダーに睨まれた淡い髪色の男は青ざめながら「さ、先にそいつだ! そいつを殺せ! 一斉にかかれ!」と叫ぶ。
アンダーはそうやって男たちの意識が自身のみに向かうよう仕向けていたわけだが――そのことに気づいている者は誰一人いないという状況であった。




