23.それは、静寂に溶けて消えるだけのもの。
不審者は警備隊へとその身柄を送られた。
そしてそこで取り調べを行うこととなったのだった。
何者なのか、目的は何か、依頼主は誰なのか、など。
情報は少しでも得られる方が良い。
――という話だったのだが。
警備隊の方へ引き渡された翌朝、不審者は一旦入れられていた牢の中で謎の死を遂げた。
「とのことで、結局情報は得られませんでした……申し訳ありません……」
ある意味残念な報告を受けたオイラーは「そうか分かった」とだけ返した。
そして一人溜め息をこぼす。
彼は自室の机に向かいながら目を細める。
水色の瞳に宿る光は重く、状況の深刻さを語っているかのようである。
受けた報告によれば、自死でなかったらしい。とすると何者かが殺したということになる。だが不審者は牢に入れられていた、誰もが自由に接触できる状態にはなっていなかったはずだ。見張りか、警備隊員か、関係者が殺害の犯人であろう。
「暗い顔してんなぁ」
突如オイラーの右肩辺りからひょっこりと顔を出したのはアンダー。
「アン! 驚かせないでくれ」
「わりーわりー」
「絶対反省していないだろう……」
「まーな」
アンダーはたびたび勝手に入室してくる。
部屋の主であるオイラーが気づいていないうちに入ってきていることも少なくはない。
「害虫扱いしたっていーんだぜ?」
「気づいたら入ってきているという共通点を踏まえての言葉遊びか」
「そーそー」
「いや、だが、それ以外の要素が違い過ぎる。害虫は正直触れたくないし関わりたくない、が、アンには触れても平気だ」
アンダーはオイラーの背中側に位置する壁にもたれつつ立つ。
が、オイラーが律儀に身体の向きを相手の方へ向けるべく動かしたものだから、結局二人は向かい合う形となった。
「そこは大きく異なっているだろう?」
オイラーはアンダーを真っ直ぐに見据えて口もとに穏やかさを含んだ笑みを浮かべる。
「はは。アンタのそーいうとこ嫌いじゃねーよ」
◆
目を伏せれば、憂いを帯びた睫毛がある種の色気を醸し出す。
若い頃はきっと美しい女性だったのだろう。
見る者にそんな風に思わせるその目もと。
晴れやかな空の下に咲く花ではなく、雨降りの裏庭に咲いた花のような。
「ワシーよ、またしても失敗したそうではないか」
王家の者が過ごすに相応しい煌びやかな自室にて、エリカは小さなグラスに注がれた青い酒を一口飲み込んだ。
「も、も、申し訳ありませんっ……」
「お主は平常時の仕事に関しては優秀だというのに、こういうことになると途端に無能になるな」
透明なグラスには青が残っている。
その水面に映る女性の面は柔らかなものではない。
「こんなことを繰り返していては、いずれバレる時が来るぞ?」
「は、はい……」
「もっとも、万が一そうなればわらわはお主を切り捨てるだけ。処刑されるのはお主だけ、ゆえに、何の影響もないのだがな」
今日は珍しくエリカは護衛を傍に置いていない。
だがエリカは常に警戒している。会う者すべてを。味方であろうとも完全に信頼することはない。それゆえ今も扉の外側には護衛を二人立たせている。もしも危害を加えられるようなことが起こった場合に即座に呼べるように、である。
「で、そやつはどうなった?」
「警備隊へ送られましたので今朝処分しました」
「ほう」
「これでもう口を割る心配はありません」
エリカと会話する時、ワシーは心を殺している。
元々「目が死んでいる」と皆から噂されている彼ではあるが、エリカに呼び出された時には大抵いつも以上に暗い目つきになっている。
だがそれは生存戦略。
気に食わないと攻撃的になるエリカと関わってゆくにはそうするしかないのだ。
そうしなければ苛立ってしまう。
人間なら誰もが持っている感情というものによって。
「お主、なかなかやるではないか。時に容赦ないそういうところは……わらわの好みだ」
「ありがたきお言葉」
「刺客を処分する時のお主だけは見ていて心地よい」
エリカはくいと酒を飲み干した。
「……わたしは嫌いなのです」
先に口を開いたのはワシー。
「家柄を持たず、平民にすらなりそこなった、ああいう輩が」
拳を小さく握り締める。
「そういえばお主、確か」
「はい。わたしは穏やかで幸せな家庭を壊されたのです。妻を……」
ワシーの顔面に思わぬ形で表情が戻ってくる。
「なので一生かけても許しません!」
「ほう、燃えておるな」
「一人でも多く! 消し去るのです! この世界から、平民にもなれぬようなやつらを!」
「凄まじい熱量よな」
熱くなっていたワシーはその辺りでようやく口を閉じた。
「ではこれにて話は終了とする」
「は、はい。承知しました」
「お主の話は実に興味深い」
「ありがたきお言葉……! 感謝いたします……!」
ワシーは深く礼をしてエリカの部屋から出ていった。
「愉快なやつよな」
一人になったエリカは呟く。
「だが、使えるものであれば何でも使う」
誰に対してでもない言葉。
「……所詮、すべて使い捨ての駒なのだから」
それは、静寂に溶けて消えるだけのもの。




