16.その華には棘がある
「よく来たな、ワシーよ」
ゴールドの髪にラベンダーカラーの花と水色の羽根二枚が合体したアクセサリーが映える美魔女エリカ・エイヴェルンは、ワシーを自室へ呼びつけていた。
「わらわが言いたいこと、もう分かっておるな?」
「はい。……先日は作戦失敗となってしまい申し訳ありませんでした」
エリカの左右にはそれぞれ若い男性が控えている。二人とも背が高くそこそこしっかりした身体つきの男性である。彼らはエリカの護衛。といっても常に同じ人物がついているわけではなく、顔ぶれはその時々で変わっている。ただ、その多くが、良家の子息や親戚など出がはっきりしていて信頼する根拠のある人間である。
「我が娘を餌として与えたというのに、あのざまか」
「……申し訳ありません」
ワシーは頭を下げることしかできずにいた。
「お主の先代王への忠誠はその程度か?」
「いえ、違います」
「だが本気で忠誠を誓っているのであれば邪魔者は本気で消そうと考え動くはずではないか」
「それは……それは、わたしの、失敗です。わたしに至らない点が多くありました。ですが、ですがっ……忠誠心だけは! 本物です!」
懸命に訴えるワシー。
すると豪華な椅子に座ったままのエリカは、ふ、と口角を持ち上げる。
「そうよな。分かっておる。だからこそ、お主にこうして頼んでおるのだ」
「ありがとうございます……!」
「時に厳しいことも言うがそれもまた期待ゆえというものだ」
「感謝いたします、エリカ様……!」
ところで、と、エリカは続ける。
「あの小男はどうなった?」
「殺害にこそ失敗しましたが攻撃には成功しました」
「そうか……分かった。まぁよい。本気で潰すのはこれからとしよう」
エリカの唇に浮かぶのは黒い笑み。
だが彼女にとってはそういうことはいたって普通のことだ。
邪魔者を消す。
鬱陶しい存在は追い払う。
彼女はずっとそうやって生きてきた。
ただ、それですべての願いが叶ったわけではなかったが……。
「あの愚王を責める根拠はできた」
エリカの左右に立つ男性たちは無表情だ。
「さて、では」
やがてエリカはゆっくりと立ち上がるとラベンダーカラーの扇子を手にする。
「少しばかり、文句でも言いに行くとしよう」
その時のエリカの面には黒い企みが滲んでいるかのようであった。
サルキアと同じ色の瞳だがその輝きはサルキアのそれとは異なる――エリカの瞳にはブラックホールにも似た深い恐ろしさが宿っている。
◆
「アン、体調はどうなんだ? あれから」
「まぁまぁだな」
「そうか……。本当に、もう、何と言っていいか……」
「いや気にすんなよ。もう百回くらい言ったけどよ、なかなか理解しねぇなアンタ」
オイラーは仕事の合間を縫ってこまめに会いに来る。
そんなことが毎日続いているものだから少々面倒臭い気分に苛まれているアンダーである。
「てかこの前の会議どうだったんだ? ちゃんとやれてんだろーな」
「ああ会議は出た」
「アホなことやらかしてねーだろな?」
「やらかしてしまわないよう、極力黙っていた」
「はぁぁ……」
――そこへ。
「失礼いたす」
突如エリカが現れた。
口もとを開いた扇子で隠した彼女は護衛の男性二人を引き連れてオイラーに会いに来たのである。
「貴女は……」
「オイラーよ、我が娘を危険な目に遭わせておいてわらわに対し謝罪もないのか?」
エリカはオイラーのことをよく知っている。
不愉快な存在だからこそ見てしまう、というようなところもあり、彼を常に意識してきた。
だがそれとは対照的にオイラーはエリカのことをあまり知らない。
もちろん顔を見たことはあるがその程度であった。
また、幼い頃周囲から「あまり近づかないように」と言われていたこともあり、オイラーがエリカについて知る機会は最初から奪われていた。
「それは……申し訳ありません、ご迷惑お掛けしました」
「わらわにとっては唯一の娘ぞ」
エリカは容赦なく距離を詰めていく。
「その娘の命が危ぶまれる状況であったのだ! 分かっておるのか? 愚王めが! ……今すぐ謝罪せよ、今ここで!」
「お、落ち着いてください」
「落ち着けだと? 愚かにもほどがあるわ! 娘を傷つけられたのだ、それで黙っておれる母などおらぬ……土下座せよ!」
凄まじい圧をかけられたオイラーが戸惑っていると。
「おい、アンタ、言い過ぎだろ」
アンダーが口を挟む、が。
「黙らぬか!!」
エリカは一瞬にして閉じた扇子でアンダーの頭を叩いた。
「鼠めが、口出しするな」
アンダーを見下すエリカの目はまるで鬼女のそれのようであった。
人を見る目をしていない。
「汚らわしいやつ、その足がこの地を踏んだと考えるだけで虫唾が走る」
「あっそ何とでも言ってろや」
「ほう。ではその足を切り捨ててやろうではないか? わらわに喧嘩を売るのであれば命を捨てることを覚悟せよ」
「喧嘩売ってんのはそっちだろーが」
エリカは徹底的に貶めようとするが、アンダーも大人しく引き下がることはしない――二人の相性は最悪だった。
今にも殴り合いが勃発しそうな雰囲気だった、が、オイラーが二人の間に腕を挟む。
「やめてください、エリカさん」
「おや? 庇うのだな。そうやって。よほど大切な存在とみた」
「そして、アンを侮辱するのはやめていただきたい」
「ほう。そうか。我が娘のことは放置するのに、そやつのことはそうやって……大事に大事に護っているのだな」
エリカは愉快そうに笑った。




