13.去り行く夜と芽生える光
王城へ帰還した三人はそれぞれバラバラになった。
負傷したアンダーは身体を休めるためベッド送りに。
活躍はしたもののそこまで関係のないジルゼッタは自由行動に戻り。
そしてサルキアはというと、アンダーの身を案じる若き王の傍に身を置いた。
「なんということだ……」
オイラーはアンダーが寝かされているベッドの脇に立ち重苦しい溜め息にも似た声をこぼす。
「陛下、このたびは申し訳ありませんでした。あのような勝手な行動で被害を出してしまい」
「アン……」
サルキアが謝罪するのをオイラーは聞いていなかった。
アンダーはつい先ほど眠りに落ちた。疲れ果てていたのか、はたまた夜寝ていなかったからよく眠れたのか、そこは定かでないが。だが、眠っている今でもなお、時折苦痛に顔を歪めることがある。心地よく穏やかな表情のまま眠り続けるというのは難しい状態のようだ。
「死なないでくれ……」
落ち込むオイラーを見なくてはならずサルキアは辛かった。
なんせすべては自分の行動が招いたことなのだ。
愚かとしか言い様のない自身の行いによってアンダーは傷つき偉大な兄までも苦しんでいる。
辛い、なんて、思う権利は自分にはない。
分かっていても心は素直には従ってくれないもので。
「し、失礼いたしますっ」
――と、その時、可愛らしい声がして扉が開いた。
「あっ……急に失礼いたしました。負傷者が発生したと聞きまして、その……わたくし、お力になれるのではないかと、そう思い……参りました!」
現れたランはいつも来ている服の上からエプロンを着用していた。
いつもは垂らしている長い三つ編みも今はうなじの辺りでひとまとめにしていて目立たない。
彼女の表情はいつになく輝いている。
日頃とは別人のよう。
気弱で臆病な彼女はどこかへ飛んでいってしまったかのようで。
「……ランさんが、どうして」
「サルキア様が回収してくださったあのナイフ、お調べしましたが、どうやらある種の毒が塗ってあったようでしたので」
「やはり、ですか。どうりでおかしな色をしていると思いました」
オイラーは落ち込むあまりランが現れたことに気づいていない。
「取り敢えず、解毒に役に立ちそうなものを持って参りました」
「ゆ、有能ですね!?」
「それと、有害な術を受けた疑いもあるとのことでしたので、そちらも併せて確認させていただきますね」
いつになく明るい表情をしているランに戸惑いを隠せないサルキア。
ランは持ってきた箱をテーブルの上に置くとベッドの方へと歩き出す。それから「少し失礼いたします」と声をかけてアンダーに掛けられている布を少し上へとずらした。足の方だけが露出する形となる。その時アンダーはまだ眠りの中に在ったが、ランがその右足に触れた瞬間、彼は目を覚ました――そして敵だと思ったのか咄嗟にランの手を蹴り除けた。
「アンダー! いけません! そのようなことをしては!」
思わず鋭く注意してしまうサルキア。
「ん?」
「いきなり触れるのは不躾でした、申し訳ありませんでした」
「何だアンタ」
「ランと申します」
「……いや、そーじゃねーよ」
「治療のため参りました」
アンダーは警戒心を隠さない。
「要らねーよ」
「態度!」
サルキアはまたしても注意を放つ。
だがアンダーは無視。
「あのなぁ、アンタ、頼んでもねーのに近寄んな。余計なお世話なんだよ」
「治療は大切な過程です」
「会話になってねーよ!」
「ええと……落ち着かれてください、痛いことはいたしませんから」
ランは宥めようとするが。
「触んな! 出てけ!」
その時のアンダーは非常に攻撃的になっていた。
――が、直後、酷いめまいに襲われてベッドに伏せる。
「くそ……」
「治療以前の問題ですね……ええと、では、先にこちらを……」
ランはベッドの上で突っ伏しているアンダーの背中あたりに両手をかざす。すると青白い光が僅かにこぼれる。柔らかな、優しげな、弱い光だった。それこそランを連想させるような。
「少し、楽になられたのではないですか?」
「……アンタ何者だ」
「先ほども申し上げましたが、わたくしは、ランと申します。わたくしは一時的に苦痛を和らげる術が使えます、今使ったのはそれです」
アンダーは顔を持ち上げる。
直前までの警戒心剥き出しかつ攻撃的な表情はほんの少しではあるが崩れていた。
「ですが根本的な改善にはなりません……あくまで、一時的に、ですので。ですから治療は必要なのです。どうか……お力に、ならせてはいただけませんでしょうか?」
ラムネ色の瞳は迷いなくアンダーを捉えている。
「……好きにしな」
長い沈黙の果てに、アンダーは吐き捨てるように答えた。
「はいっ」
サルキアとしては色々思うことはあったが、ランがとても嬉しそうかつ細かいことは気にしていない様子だったため、その場の雰囲気を壊さないためにもそれ以上あれこれ言わないでおくことにした。
「陛下、少し外の空気でも吸いに行きませんか?」
状況が一旦落ち着いたため提案してみるサルキアだが。
「……いや、私はアンの傍にいる」
オイラーは重苦しい表情のまま断る。
「心地よい風でも浴びれば気分も変わるかもしれません」
「アンが傷ついたのは私のせいだ。私にはここにいる義務がある。アンを放って自由行動をするなど許されない」
サルキアが思っている以上にオイラーは自分を責めていた。
「外の空気を吸いたいなら、君だけで行くといい」




