103.決着の時
艶のない髪を振り乱して剣を操る男、その動きの速度はかなりもので、それこそ常人では到底届かない域の戦闘能力を誇っていた。
だがオイラーはついていっている。
最上級の集中力を発揮して。
オイラーとて最強の男ではないが、今はただ、国の未来のために戦う覚悟がある――ゆえに敗北へ滑り落ちることはない。
ここで負ければすべてが水の泡だ。戦い傷ついてきた者たちの思いも、国のために働いてきた者たちの努力も、すべてが無に帰すこととなりかねない。王として、一国の主として、そのような結末を招き入れることは許されない。
「お前さんには歴代国王らの代表として死んでもらうぞ!!」
際どい首のラインに振り抜かれる男の剣。
若き王はぎりぎりのところで回避する。
傷つけるための先端が左肩辺りを掠めて、上衣が僅かに斬られた。
「ここで死ぬわけにはいかない」
それでもオイラーは怯まない。
部下たちは少し離れたところから恐れを抱いたような表情で見守っている。
彼らが恐れているのはオイラーという個が傷つくことではない。
そこにある恐れというのは、国王という貴い人の命が刈り取られかねないという状況に対しての恐れである。
浅くではあるが肩を斬られたオイラーは暫し動きを遅くしたが、そこを狙い目と判断して突っ込んでくる男の手に握られたそれを、咄嗟に剣を振ることで払い除ける。
ほんの数秒の時間稼ぎにしかならない。
けれども戦闘においては数秒はかなり大きなものだ。
体勢を立て直したオイラーは流れるように攻撃へ移る。
「私は」
躊躇いなく真横に振った剣、その白銀が男の胴体の前面を斬った。
一撃で死に至るほどではなかったが無意味ではなかった。
相手が怯んだ瞬間を逃さない。
続けて攻撃を仕掛ける。
男の手から剣が落ちた、そして――。
「負けられない」
躊躇いを捨てた王の刃が武装組織の長たる男の胸を貫いた。
紅の飛沫が散って。
歓声が湧き上がる。
「な……ま、負ける……? 王家のぼんぼんなんざに……」
そこまで発して、男は沈黙した。
どんな手練れも心臓を貫かれてしまえばひとたまりもない。
やがて崩れ落ちる男。
……それは、その肉体に宿る魂が消滅したことの証明だった。
「へ、陛下! やりましたね!」
「勝ちましたねっ」
「素晴らしい戦いぶりでありました! 尊敬いたしまする!」
人が集まってきて、それでもまだ、オイラーの意識は日常へは戻らない。
何がどうなったのか、真の意味ではすぐには呑み込めず。それでも徐々に実感という熱を帯びてくる頬。目の前にある命を刈り取る罪深さを肌で感じつつも、頂に立つ者として避けては通れない道であったのだと改めて強まる明日への覚悟。
(アン、私は何とかなすべきことをなし遂げた――これで、君に褒めてもらえるだろうか?)
清らかなだけの道ではないかもしれない。
これから先も。
歩いていく道には時に血濡れの光景もあるのかもしれない。
だがそれでも、信ずる道のために歩もう。
――それが、オイラー・エイヴェルンの覚悟だ。
◆
国王オイラーが武装組織の長を倒したという報告は基地にすぐに入ってきた。
「やった! やったやったやったぁ! 聞いた? 組織の長、倒したって!」
「あいつスゲーな!」
「ただの坊ちゃんかと思ってたけど見直したぁっ!! ひゃっほぉ~い!! 盛り上がるぜぇ~ッ!!」
基地に残っていた兵士たちは歓喜の声をあげる。
彼らは一緒に戦ったわけでもないのに盛り上がっていた。
そんな盛り上がりを、アンダーは横になったまま目にすることになる。
本当であれば今この時も王の隣にいたはずだった。
そう思うとどこか物悲しくて。
だが、自分のような影が偉大なる王の最大の栄光の傍に佇んでいる必要はなかったのかもしれない、という思いもあって。
すべてが終わった後で上手くいって良かったねというような意味合いの言葉をかけるだけで良いのかもしれない、と、アンダーは密かに思う。
「これで国王への注目はさらに高まるだろうな」
「それそれ!」
「ひぃゃっはぁ~!! ドキワクするっぜぇ~!!」
「おいおい、お前さすがに騒ぎ過ぎだって」
大勢で盛り上がる兵士たちの中に入れる日はきっと来ない、が、アンダーにとってはそのようなことはどうでもいいことだ。
ベッドの上のアンダーは一人横たわったままで微かに頬を緩める。
◆
「ほ、報告! いたします!」
王城にて熱心に働いているサルキアのもとへ駆けてくる報告係。
「陛下が武装組織の長をお倒しになったようです!」
その口から飛び出した言葉に、彼女は愕然として。
「事実なのですか?」
「はい!」
返事を聞いてもなお信じられない。
長を仕留めれば組織は崩れるだろう。
あれほど厄介だった武装組織を一気に仕留めてしまうとは嘘みたいな話だ。
まるで永く語り継がれる英雄譚のよう――。
「そうですか、それは良かった」
安堵して、同時に、声が自然と柔らかくなる。
「嬉しい報せですね」
オイラーらが軍へ戻った目的は達成されたも同然。
これできっと王城へ帰ってくるはず。
「最大の称賛を」
サルキアは控えめな笑みを面に滲ませていた。
――帰ってくる!
報告係が去って一人になってからサルキアは込み上げてくる喜びを噛み締めた。
送り出す痛みはあったがそれを越えたからこそこの時が来た。
あの時の痛み。
あの時の悲しみ。
すべて無駄ではなかったのだ、と。
オイラーが帰ってきて、アンダーも帰ってきてくれたなら、また以前のように過ごせる――その日々を想うたび変な笑いが込み上げてきてしまう。
この時をずっと待っていた。
もう少し、あと少しで、望む場所へたどり着くことができる。
それはサルキアにとって最大の喜びであった。




