102.もう引き返すことはできない
物語とは常に、最後の一行へと向かうものだ。
それは定め。
すべての物事に終着地点はある。
「オイラー・エイヴェルン、お前さんが直々に潰しに来るとは思わなかったぞ」
武装組織の腹を開いて、たどり着いた奥には、その長である男が待っていた。
日の浴びすぎでできたしみの多い肌が凄みを醸し出す。
それは、護られ恵まれて生きてきただけではない、それゆえの凄みなのであろう。
「同志たちを随分消してくれたではないか」
キューティクルの傷みが顕著な灰色の髪を揺らす時、その男からは得たいのしれない不気味さが放たれる。
それこそ魔神か何かのよう。
もはや人ではない、見る者がそんな風に感じてしまうほどの怪しさを振り撒きながら、同時に強者のような圧を鎧のようにまとっている。
「自らここへやって来るとはな……」
「戦うな。降伏しろ。これ以上抵抗するなら、組織は壊滅させることになる」
比較的軽装な男は、座っている椅子から腰痛持ちのおじいさんのように慎重に立ち上がると、傍にある無機質な台の上に置かれていた鞘つきの剣を手に取る。
そして地底から湧き上がるような低音で「愚かな」と発した。
「若き王よ、我々はこの国の暗部を描き出す者だ。そしてある意味革命家でもある。この国には恵まれぬ者が多い、ゆえに我々は生まれ、ここまで育ってきた」
我々とはこの国の闇、男はそう述べる。
「お前さんらが築いてきた国がいかに不完全なものであったか、ということを考えてみるべきではないか?」
「それは街で破壊行為を繰り返す理由にはならない」
「民の幸福のために国を治めるのは王家の義務だぞ」
「それとこれとは話が別だ。一般国民に危害を加える犯罪を繰り返す輩にかける情けなどない」
武装組織の長である男とこの国の主であるオイラー、二人はどこか似通った立ち位置にいながらその主張は平行線であった。
「組織の者たちをこれ以上死なせたくないなら、ここで降伏するべきだ」
オイラーは言い放つが。
「断らせてもらおう」
男は淡々とそう返す。
「我々は容易く折れはしない。たとえ国家権力で押さえつけようとされても、だ。我々は必ず目的を達成するのだ」
深いほうれい線が目立つ口もとを動かし、口角をほんの少し持ち上げて――男は剣を鞘から抜いた。
金色の持ち手と銀色の刃。
ぎらぎらと野望に満ちたように光る剣。
「愚かな王よ、お前さんらがこれまで代々重ねてきた馬鹿げた統治の罰を受ける時が来たぞ」
後ろにいたエイヴェルン軍の人間はオイラーに一旦下がるように進言したが、オイラーは静かに首を横に振った。
「一騎討ちといこうではないか?」
男はどこか楽しげに提案する。
「……良いだろう」
オイラーは夜の湖畔のように静かな表情で短く返事をした。
「へ、陛下! 危険です!」
「一対一はさすがに……」
「おやめください! 陛下が無理をなさる必要はありません、皆で一斉にかかりましょう」
周囲はオイラーの身を案じて意見を述べる。
だが彼の心は変わらなかった。一度確かなものとなった覚悟、それは何も言われようとも崩れることはない。もし今隣に唯一の友がいたとして、その男がやめるように言ったなら、もしかしたら別の道を選んだかもしれないが。それ以外に彼の決心を書き換えることのできる者も言葉も存在しない。
「こちらが勝てば、お前さんの亡骸は王都にて晒してやることとするぞ」
「……好きにすればいい」
「ではお前さんが勝った場合は?」
「組織を解散させる」
幼い頃見ていた未来はこんな血濡れのものではなかったかもしれない。
それでもこの道に至ったのは。
そして今ここに立っているのは。
ひとえに、それが運命だったからに他ならない。
「では始めようではないか」
男の言葉は戦いの幕開けを告げる鐘の音。
もう引き返すことはできない。
お互いに。
彼らはその領域にまで足を踏み入れてしまったのだ。
「お前さんは我々を敵視しているが、王城の人間にも我々の力を利用していた者もいたではないか? そのくせ不要になった途端我が組織を敵視するとは、何というご都合主義か」
剣は時に交差し、ぶつかり、弾き合う。
それは思うことの衝突によく似ている。
同じ人間として同じ国に生まれた人間同士だというのに、その主張は絶対に交わらない。二本の剣の動きはそれを目に見える形でこの世界に表しているかのようだ。戦いの姿は、彼らの関係によく似ている。
「もしそれがエリカさんのことであるなら、それは私の問題ではない」
「だが王城にいる者が武装組織と繋がっていたという話が世に出たなら?」
男は何度も揺さぶりをかけようとする。
「その時はすべてを説明する」
しかしオイラーは動じない。
「民はどう思うのだろうな? そのような闇が王城に宿っていたと知ったなら……幻滅するのではないか? 偉大な王家の名誉は穢されるぞ」
今はただ動きだけに集中している。
なぜならそうしなければ勝てないと理解しているからだ。
「街に被害が出続けるよりかはずっとましだ」
オイラーは小さな声で答えるだけだった。
「何を今さら! 善人ぶりおって!」
そんな中、男は突如感情的になる。
「長きにわたり多くの恵まれない者たちを見捨ててきておいて、今さらよくそのようなことが言えるな!」
鋭い叫びを突きつけられる。
凄まじい迫力だ。
だがこれはチャンスだと判断した。
「批判されるのは頂に立つ者の宿命だと理解はしている」
「王家の無能さゆえにどれだけの血が流れどれだけの不幸が生まれてきたか! お前さんはまだ真の意味で分かってはいないだろう!」
相手は感情的になっている。そしてそれと同時に剣の筋は明らかに荒くなっている。技術のある剣士であろうとも感情的になり過ぎれば動きは乱れてくるものだ。感情のうねりに乗って想像以上の力を発揮するということもないことはないだろうが、技術を活かす戦い方なら感情の爆発は邪魔なものでしかない。
「民も同じだ! 恵まれない者に目を向けず、自分たちだけ良ければそれでいいと呑気に笑顔で過ごしていた民……やつらも同罪! ゆえに死すべし! 破壊されるべし!」




