101.今の中に在る明暗
「災難でしたね」
ランは応急処置の後すぐに医務室へ運ばれた。
心配したサルキアは付き添うことにした。
本来であればそれは許されないことであったかもしれない、が、高貴な人の希望ということもあって特別に許可されたのだった。
「はい、まさかの展開に驚いてしまいました……」
だがランの状態は意外と悪くなく。
「ですがわたくしはとても元気です!」
心配そうな面持ちでいるサルキアにこれ以上心配してほしくないと思ったからか明るく振る舞っている。
細い腕に包帯が巻かれている様は痛々しい。
だがそれでもその面に浮かぶ清らかな笑みは見る者の心を眩しく照らす。
「命に別状はなさそうで安心しました」
サルキアは安堵したように目つきを柔らかくした。
ちょうどそこへやって来たリッタとアイリーン。
泣きはらした目もとを手の甲でごしごしと擦っているリッタは、負傷しているものの元気そうな顔をしているランを見るや否や、彼女の方へ駆け出した――そして勢いよく、飛びつくかのように抱きつく。
「ラン!」
「ひゃぁ!」
ランは炭酸が弾けるかのように驚きの声をこぼした。
「ダイジョウブ? ラン、ダイジョウブ?」
「ええ大丈夫よ」
「痛かった、ラン、きっと……ごめん、リッタ、馬鹿だった」
「リッちゃんったら。そんな風に自分を責めないで。リッちゃんは何も悪くないのだから」
ぱちりと目を開いたリッタは自身の頬をランの頬へすり寄せる。
「ラン、優しい、リッタ、ランのこと、好き」
無垢な女の子という単語が似合うような二人が触れ合う様を眺めていると自然に和むものだ、サルキアは心がふわりとしてくるのを感じていた。
こんな時代にでも気持ちが和むような関係は存在するのだと、そう思えることは救いになり得る。
内心ほっこりしていたサルキアに。
「サルキア様、先ほど捕らえた侵入者――こちらの件の犯人ですが、過去武装組織に所属していた者だったようです」
アイリーンが告げる。
「やはり組織による犯行ですか」
「いえ、それが……」
「違うのですか?」
「どうやら組織としての犯行ではないようです。といいますのも、彼、現在は組織を抜けているようなのです」
深刻さのある話をしている時でもアイリーンはどこかまろやかさのある表情のままだった。
「個人的な犯行の可能性が高い、といった感じのようです」
「そうですか」
王城に忍び込み爆発物を仕掛けるなんて可能なの? と疑問を抱きつつも、一旦その話を受け止めることにした。
もしそれが真実でなかったなら、いずれ真実が明るみに出るだろう。これからまた改めて取り調べも行われるだろうから。いずれ本当のことが判明するはずだ。
今この時に目を血走らせて真実を掴もうとすることはない。
「サルキア様、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
やがてリッタにすりすりされていたランが言葉を発する。
「いえ、ランさんに非はありません」
一時はどうなることかと思ったが取り敢えず問題なく明日が来そうな雰囲気で良かった、それがサルキアの思うことだ。
その後改めて取り調べ結果が発表された。
やはりアイリーンが言っていた通りの結果となり、今回の爆発物の件に関しては組織の意向によるものではないという結論に至ったようだ。
「個人であんな事件を起こせるなんて、怖いですわぁ~!」
「もしかしたら組織の秩序も徐々に曖昧になってきているのかもしれません。欠けた人員も多いでしょうし……きっと彼らにも色々あるでしょう」
◆
ベッドで横になっていたアンダーは、治療担当の女性が左腕に巻きつけられた包帯の調整をしようと腕を掴んできた際反射的に腕を若干動かしてしまい、その結果舌打ちされたうえゴミを見るような目で見られてしまった。
思えば、かつて軍に所属していた頃は、まともに治療を受けたことはなかった。
負傷くらいであれば自分でどうにかできた。
適度に休みつつ放っておけばそのうちに治るので敢えて治療を受ける必要もなかったのだ。
それゆえ治療されることに慣れていない――そして、治療する側の人間に不愉快そうな顔をされることにも――それゆえ、そんな顔をされてまで治療してほしくない、と思ってしまう部分もあって。
ただ、そんな上から目線かつ身勝手なことを思ってしまう自分を苦々しく思う部分もあり、何とも言えない心境だった。
「お前、女に睨まれてやんの」
そんなアンダーの前に現れたのは男性兵士三人組。
「「「だっさー」」」
特に見覚えはない顔、しかし全員アンダーのことを知っているようだ。
「陛下にも捨てられて惨めでちゅね~」
「お前みたいなやつって、戦闘以外に存在価値皆無っすもんね!」
くだらない挑発に乗せられるアンダーではない、が、心なしか的を射ているように感じられる部分もあるだけに不快感が心に重くのしかかる。
「うるせぇな、黙ってろ」
アンダーはそれだけ言って三人組から視線を逸らした。
まともでない者と会話する気はない。
そのようなことをしても生産性がないと分かりきっているから。
「ほぼ寝たきりの男なんて、陛下からしたらゴミでちゅね~」
「さすがに要らないって思うっすよね!」
尊厳を傷つけられることには慣れている。それでも、もしこの場にオイラーがいたら庇ってくれたのだろうか、なんて考えて。馬鹿だな、と、胸の内だけで自分に呆れ笑いする。そんな想像、そんな空想、何の意味も持たないのに、と。
「散々こき使われて捨てられてやんの」
傷つけるための言葉など聞かなければいい。
聞こえないふりをしていれば何ということはない。
それに、たとえその悪意に多少傷ついたとしても、そんなのはどうでもいいことだ。
何十年も嬲られてきた心を今さら必死になって守る必要などない。
「君から戦闘能力を引いたら人殺しの罪しか残らないでちゅもんね~。そりゃあ当然陛下も相手にしないでちゅよね~」
「ほぼ、ただの犯罪者っす! 利用価値がなかったら傍に置いておく意味ないっすよね! はっはっはは!」




