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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
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第7話:知識の証明と王宮の迷宮

国王の「試してやろう」という言葉を受け、リンは玉座の間に設けられた仮の診察室へと連れて行かれた。そこには、第二王子アレンが病床に伏せている。彼の顔は紅潮し、意識は混濁しているようだった。全身に広がる奇妙な斑点が、より一層その衰弱ぶりを際立たせていた。そばには、青ざめた表情の宮廷医師団の面々が、ただ立ち尽くしている。


「この者が、我らの手の届かぬ病の原因を解き明かすというのだ。書庫番よ、存分に腕を振るえ」


国王の声には、期待と同時に、もし結果が出なければ容赦しないという厳しさが込められていた。リンは静かに一礼すると、王子に近づいた。


まず、リンは古文書に記された通り、王子の寝室の環境を注意深く観察した。天井の梁、壁の石材、敷かれた絨毯の素材、そして部屋に置かれている装飾品に至るまで。医師団は困惑した表情で見守るばかりだ。


「この部屋の壁に使われている石材は、どこから切り出されたものでしょうか?」


リンが発した最初の問いは、病の原因究明とはかけ離れたものに聞こえた。医師団の一人が眉をひそめて答える。


「それは、西の山脈で採れる蒼玉石そうぎょくせきですが、それが一体…?」


リンは、書物の記述を頭の中で照合した。蒼玉石。まさに、古文書が指し示す「土壌の澱み」の原因となる特定の鉱物だった。この鉱物は、微細な粒子を空気中に放出し、それが長期間にわたって吸い込まれることで体内に蓄積する。特に密閉された空間で、長期間過ごすことで発症リスクが高まるのだ。


「陛下。第二王子殿下の病の原因は、この部屋の壁にございます蒼玉石から放出される微細な粒子が、長期間にわたり体内に蓄積したことによるものと推察いたします」


リンの言葉に、部屋中がざわめいた。医師団は顔を見合わせ、信じられないといった表情を浮かべている。


「馬鹿な! 蒼玉石は古来より王家の寝室に用いられてきた縁起の良い石だ! これまで病になった者などおらぬ!」


ある老医師が怒鳴った。しかし、リンは落ち着いた声で反論した。


「それは、蒼玉石から放出される粒子の量が、極めて微量だからでございます。通常の生活を送る上では問題ありません。しかし、第二王子殿下は、最近、この部屋に籠られることが多かったと伺っております」


リリィが証言するように頷いた。第二王子は最近、体調を崩してから、この寝室からほとんど出なくなっていたのだ。それは、粒子が蓄積するのに最適な環境だった。


「では、その粒子の存在をどう証明するというのだ?」


国王が鋭い眼差しでリンを促した。リンは持参した小さな道具を取り出した。それは、書庫で使われる、埃や微粒子を採取するための極めて目の細かい布だった。リンはそれを蒼玉石の壁に軽くこすりつけ、布を王の前に差し出した。


「この布を、光にかざしてご覧ください」


王が布を手に取り、窓から差し込む光にかざすと、肉眼では見えなかったはずの、無数のキラキラとした微細な粒子が、まるで星屑のように光を反射して浮かび上がった。国王の目が大きく見開かれた。他の高官や医師団も、その光景に息を呑んだ。


「これは……」


「これが、第二王子殿下の体内に蓄積しているものと同じ粒子でございます。古文書には、この粒子が臓腑を蝕み、高熱と斑点、そして意識の混濁を引き起こすと記されておりました」


リンは澱みなく続けた。彼女の冷静な説明は、感情的になっていた周囲を静まらせた。


「そして、この粒子を体外へ排出させる唯一の治療法が、**『浄化の儀』**でございます。この儀式には、特定の薬草を煎じた湯と、清浄な水を合わせて身体を清める工程が含まれます。体内の澱みを洗い流し、排泄を促すことで、粒子を体外に排出させるのです」


リリィが、リンから渡された羊皮紙を国王に進み出た。そこには、リンが書庫で書き記した治療法の詳細が書かれていた。王はそれを手に取り、ざっと目を通す。


「この儀式には、幾つか特殊な薬草が必要となります。典薬局のリリィ様に協力を仰げれば、調合は可能かと存じます。そして、何よりも、王子殿下の寝室の蒼玉石を、速やかに取り除くか、別の部屋へ移す必要がございます」


リンの言葉は、完璧なまでに論理的だった。これまで原因不明とされてきた病に対し、明確な原因と、そして具体的な解決策が提示されたのだ。宮廷医師団は、悔しげに唇を噛み締めていたが、反論の余地はなかった。


国王は、一度深く目を閉じ、そして開いた。その目には、疲労の色は残っていたが、そこに揺るぎない決意が宿っていた。


「書庫番リンよ……よくやった」


その一言が、部屋に響き渡った。


「直ちに、アレンの寝室の石材を調べ上げ、安全な部屋へ移せ。そして、典薬局のリリィに命じる。この書庫番の指示に従い、薬草の調合と『浄化の儀』の準備を急げ。宮廷医師団は、この書庫番の補佐に回れ!」


国王の勅命が下った瞬間、リンの胸には、安堵と、そして小さな達成感が広がった。無名の書庫番である彼女の言葉が、ついに王宮を動かしたのだ。


しかし、これはまだ始まりに過ぎない。書物には、「浄化の儀」が成功したとしても、もし「災厄」の根本原因が取り除かれなければ、いずれ再び、病が、あるいはより大きな災禍が訪れると記されている。リンの知識と、王国の命運をかけた戦いは、今、まさに始まったばかりだった。

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