第64話 王宮に戻り、真の災厄への準備
夜明け前の王宮は静まり返り、長い廊下にわずかに灯る松明の光が揺れていた。リンは北方からの報告書を抱え、重厚な木の扉を押し開く。
「……戻ってきたわ」
執務室に入ると、机の上には整理された古文書と薬草の標本が並ぶ。リリィがすでに待機しており、リンの帰還を静かに迎えた。
「北方の状況、聞かせてください」
リンは報告書を広げ、土壌の異常、霧の揺らぎ、微細な鉱物の反応、そしてあの青白く光る岩塊の兆候を説明する。
「真の災厄……序章ではないことは確実ね」
リリィは頷き、机に置かれた薬草標本を指差す。
「ここまで現場でのデータが揃ったら、次は知識を実践に変える段階です」
リンは微かに笑みを浮かべる。しかし、その目は真剣そのものだ。
「まずは、災厄の性質を分析し、封じ込めの方法を考えましょう」
机に座り、北方で集めた情報を整理する。土壌の赤黒い染まり、微細な振動、霧の反応、鉱物の発光……すべて古文書の記述と照らし合わせる。
「……古文書によれば、真の災厄は大地の根幹から生まれ、星の力と結びつく……つまり、局所的な封じ込みだけでは不十分」
リンはペンを握り、図を描きながら封じ込めの範囲や順序を計算する。リリィは傍らで、薬草や煙の調整方法を提案し、リンはそれを即座に組み込む。
「知識と行動の融合……これが鍵になるわ」
護衛が静かに入室する。北方での観察から判明した危険箇所を報告し、必要な人員配置の確認を行う。リンは全員に指示を出し、具体的な準備を進める。
「まずは北方領地の安全確保。次に、微細な異常の監視。最後に、封じ込みの実行」
リンの声には確固たる決意が宿る。王宮の古文書室は静かだが、空気は張り詰め、これから訪れる戦いへの緊張が満ちている。
「序章を乗り越えた今、次は真の災厄……でも、私は準備ができている」
リンは窓の外に広がる庭園を見つめる。薄明かりの中、風に揺れる木々は平穏を装っているが、彼女の胸の中には警戒心と使命感が同時に灯っていた。
北方の大地で得た観察と、王宮での知識が一つに結びつく。真の災厄に立ち向かう、初めての準備が静かに、しかし着実に進んでいた。




