第63話 真の災厄の兆し
北方領地の夜は深く、霧が低く漂う。薬草の煙は消え、土地は表面的には安定しているように見えた。しかし、リンは膝をつき、微細な土壌の変化を指で確かめた。
「……やはり、何かが潜んでいる」
土の奥から、わずかに不自然な振動が伝わる。微細な鉱物片の輝きが、月光に反射してちらついた。リンは息を詰め、古文書の記述と照らし合わせる。
『序章が過ぎても、根源の澱みは潜み、やがて大地を揺るがす』
「これが……真の澱み……」
遠くで動く影。リンは目を凝らすと、霧の中に異様な光を放つ岩の塊が揺れるのを見つけた。その光は、青白く、まるで大地そのものが息をしているかのように脈打っている。
「……これは、ただの鉱物ではない」
護衛が声をかける。
「リン様、何か異常が……」
リンは振り返らず、静かに指示を出す。
「近づきすぎず、観察を続けて。私は、この光の正体を突き止めたい」
月光の下、光の揺らぎは規則的で、土壌や風の影響だけでは説明できない。リンは手元の道具で微細な分析を始める。温度、微量元素の変化、毒素の残留……古文書の知識を総動員する。
「……なるほど。これは大地そのものが発する警告……『古の星』の力が、ここに現れ始めている」
リンの胸に緊張が走る。真の災厄は、序章の病や土地の汚染とは比較にならない規模で、北方の大地に潜んでいた。彼女は護衛に目配せし、距離を取りながら監視を続ける。
「知識はここまで……でも、行動はこれから」
リンは古文書の記述を思い出す――『真の知識は、災厄に立ち向かう鍵となる』。北方の土地で目撃した異様な光、微細な振動、未知の鉱物の反応すべてが、彼女に次の行動を促す。
「王宮に戻り、追加の専門家と連携を取る必要がある……ただちに」
霧が揺れる中、リンは静かに立ち上がる。胸の奥で高鳴る緊張と興奮、そして使命感。知識を行動に変える瞬間が、再び訪れたのだ。
北方の大地は静寂に包まれている。しかし、月光に照らされたその光は、これから訪れる更なる災厄の予兆として、静かに輝き続けていた。




