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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
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第49話 香の影、明かされる意図

夜の書庫は静寂に包まれていた。月光が古い書棚の隙間を縫い、淡い光の帯を作る。リンは香炉の灰を指でかすめ、残り香を嗅ぎ分ける。沈香、蜜蠟、そして微かに甘い花の香。前夜、書庫に忍び込んだ影の香と同じ組成だった。


「……間違いない」


リンは小声で呟き、帳面を広げる。香木の出納帳、香炉使用記録、女官や宦官の動き……点と点が線となり、ある人物像を浮かび上がらせる。


「この香を操れるのは、後宮の中でも限られた人物だけ。香の出所、組成、使用時間……全部計算されている」


その瞬間、書庫の奥の棚の影が揺れた。リンは身を低くし、息を殺す。微かな囁きが、書庫の静寂を裂く。


「……リン、君は本当に冷静だね」


声の主は低く、男の声。前夜の影と同じ。リンは机の上に散らばる香灰を指先でなぞり、思考を巡らせる。


「目的は……私を惑わせること。そして、この香で後宮の秘密を隠そうとしている」


影は棚から姿を現し、月光にその輪郭を浮かべた。宦官……ではあるが、普通の宦官ではない。香の成分、組成、使用の巧妙さ。心理操作の知識まで持つ者。


「私の知識を試しただけ、だと?」


「その通り。だが君は、予想以上に冷静だ」


リンはじっと影を見据える。


「私を試す意味は何ですか?」


「後宮には、守るべき秘密がある。だが、その秘密は危うくもある。君のような知識者がどこまで察知できるか……確かめたかった」


リンは微かに息を吐く。香の迷宮、心理操作、影の正体。すべてがつながりつつある。


「……なるほど。でも、これで全てを隠せると思ったら、甘い」


影はわずかに笑う。


「君には才能がある。だが、後宮のすべてを知るには、まだ足りない」


リンの目はさらに鋭く光る。香の迷宮の中で、真実を見極める力は、彼女自身の知識と観察眼にかかっている。


「……分かりました。次は私が動きます。香で惑わされても、心理操作されても、必ず真実にたどり着く」


影は沈黙し、書庫の闇に溶けて消えた。沈香と蜜蠟、甘い花の香だけが、月光に混ざり漂う。


リンは静かに息を整え、香灰を手で掬い、次の行動を思案する。


「後宮の迷宮は深い。でも、知識と観察眼があれば、必ず出口は見つかる……そして、この影の正体も」


書庫の薄明かりの中、リンの決意はより強く、深く刻まれていた。

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