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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
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第46話 香に潜む影

夜の書庫。リンは静かに香炉の灰を手で掬い、指先に残る香の微粒子を観察していた。かすかな沈香の匂いが、彼女の記憶をくすぐる。あの夜、宸妃の部屋で香炉が揺れた瞬間の記憶――目を覚ました女官の青ざめた顔、誰も口にしなかった言葉。


「……この香、やっぱり計算されてる」


机の上には、前回見つけた布片と手紙。沈香と蜜蠟が混じった香に、微量の催眠効果。布片に残る沈香の残り香。どれも偶然ではありえない。


シュイがそっと覗き込む。


「リン、どうするんですか……この香の仕組み、解き明かすんですか?」


「解き明かす。でなければ、誰もこの後宮で安全に過ごせない」


リンの瞳が鋭く光る。彼女は小さく息をつき、筆記具を手に取った。


「香は、単なる香じゃない。人の心や記憶に“影響”を与える。それを知っている者がいる……誰だ?」


リンは記録を開き、過去の香木出納帳と照合する。香の入手経路、調合の履歴、使用された場所……すべてが点と点でつながる。


「ここ……宦官たちの使用記録と合致する。香の成分を混ぜられる立場の者が、少なくとも一人はいる」


シュイの目が見開かれる。


「ということは……まだ犯人は近くに?」


リンは頷く。机に並べられた帳面に指を置き、静かに呟いた。


「近いだけじゃない。監視されている可能性もある。香は、匂いだけでなく心理に作用するから、私の思考も読まれるかもしれない」


沈黙の中、リンの思考はさらに深まる。


「そうなると……書庫で香を焚き、読書や調査を行う際には、何重もの防御が必要ね。香の影響を受けない環境……この書庫は、まだ安全な方だけど」


シュイはうつむき、息を呑む。


「リン、でも……こんな危険を冒してまで、真実を知る必要があるんですか?」


リンは小さく微笑む。


「知識は、ただの文字や香に止まらない。正しく使えば、命を救う力になる。間違えれば、命を奪う刃になる。だからこそ、私は進む」


指先で香灰をそっとこすり、机の上に広げる。


「この香の正体、そして操る者……すべて、次の手がかりはここから」


外の風が、書庫の窓をかすかに揺らす。沈香の香りが微かに漂い、夜の闇と混ざる。その中で、リンの決意はより強く、深く刻まれた。


「次に動くのは、私……そして、この後宮の秘密を握る者」


その夜、書庫の薄明かりの中、リンの影は長く伸び、香に潜む影をじっと見据えていた。

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