第45話:夜に咲く花は、誰のために
「……何かが、抜けている気がするの」
細い声が闇の中で響く。宮女のランは、懐から取り出した布切れを見つめていた。それは、文様の崩れた上布の端切れ――先日、洗い場で見つけたものだ。
「おかしいわ。あのとき、確かにこの布は――」
「それ、見せてくれる?」
背後から声をかけたのはリンだった。蝋燭の灯りがふたりの間に小さな揺らぎを作る。ランはわずかに驚いた表情を見せながらも、布を差し出した。
「これ、衣装じゃないわ。内衣の裏地に使われる織り方」
「裏地?」
「見えないように、肌に触れるように仕立てられる。つまり、これが落ちていたということは……持ち主は、誰かに脱がされた可能性がある」
ランの顔が青ざめた。リンは蝋燭の灯を遠ざけ、布の端をかすかに嗅いだ。
「……ほのかに残ってる。沈香の香り。つまり、これは――」
「宦官の私室で使われてるものと同じ匂い!」
「正解」
宦官。後宮において最も外見と役職の不一致が起こりやすい存在。だが彼らのなかには、表に出せない欲望を持つ者もいる。
「でも、どうしてそんなことが……」
「隠したいものがあるとき、人は“香り”で上書きしようとする」
リンはそう言って、机の引き出しから小さな包みを取り出した。中には、丸めた布と一枚の文が収められていた。
「これ、宦官のひとりが捨てた手紙。中身には……“あなたが香をまとって現れた夜を忘れない”ってある」
「だとすれば、この事件――自殺じゃなかった?」
「殺しじゃない。でも、“隠さなければならなかった”ことがあったの」
ランは唇を噛み締める。やがて、そっと目を閉じた。
「私は……彼女のこと、少し妬んでたのかもしれない」
「妬んだ相手が、不幸になると、少しほっとしてしまうことはある。けれど……だからこそ、見つけるべきよ。真実を」
リンの言葉に、ランは力なく頷いた。
その夜、帳の外には沈香の香りがまだ微かに漂っていた。まるで、夜に咲く花が、誰のために香るのかを問いかけるように――。
構想を練るので、少しの間お休みします。




