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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
41/64

第41話:星見の間にて

「……もう一度、聞かせてほしい。ヨウ様が“最後に向かった場所”を」


調査記録に目を落としたまま、リンは問う。

正面の男──尚書付きの宦官、フウが、少しだけ目を伏せた。


「星見の間、です。夜に、ひとりで」


「記録では“誰にも知られず”とありますが、どうしてあなたはそれを知っているんです?」


「それは……私が、ついていったからです」


一瞬、空気がきしむような気がした。


「命令に反して、彼女を追ったんですね」


「はい。ですが、私にはそれが“命令”でした。……ヨウ様ご自身の」


言い切る声には、迷いがなかった。

リンは帳面を閉じると、少しだけ身を乗り出した。


「なぜヨウ様は、星見の間へ?」


「“香の起源”を確かめるためです」


フウはまっすぐリンを見る。


「蝶香も、星香も、“最初に焚かれた場所”がある。──星見の間です」


言い伝えでは、星見の間は“未来を見る香”が焚かれた部屋だった。

だが実際は、違った。


「……過去を見る香、ね」


リンの独り言に、フウがうなずいた。


「ヨウ様は、その香を使って、ある人物の“記憶”を再現しようとしていました」


「ある人物?」


「──玉葉妃です」


再び、空気が冷える。


玉葉妃は、皇帝に寵愛された妃でありながら、五年前に急死した。死因は“脳の病”。

だが、当時の医官の記録には、不自然な“香刺激過多”という一文が残っている。


「……ヨウ様は妃の最期を疑っていた」


「それは、どこから?」


「妃の侍女──“ミエ”の証言からです」


リンは、思わず視線を上げた。


「生きているの? ミエは」


「はい。ただし“公には死んだこと”になっています。……ヨウ様の手配で、匿われたのです」


香と毒にまつわる秘密を抱えていた妃。その側仕えが“死んだことにされた”。

その意味は一つ──口封じから逃がした。


「その侍女の証言は?」


「妃は亡くなる直前、“香の匂いが変わった”と、何度も訴えていたそうです。まるで誰かの記憶が流れ込んでくるようだと」


リンは唇を引き結んだ。


──香が記憶を混ぜた。

それは、蝶香の“本来の用途”では?


「星見の間で、ヨウ様は……何を見たの?」


フウは視線を落とす。


「……それは、私も知りません。ヨウ様は戻ると、ひとことだけ言いました。“この香は、誰も救わない”と」


そして、その夜を最後に姿を消した。


「記憶の中で、誰かの痛みをなぞったのかもしれない」


リンの声は、ごくかすかだった。


その痛みを知ったからこそ、ヨウは沈黙を選んだ。誰にも話さず、ただ記録だけを残した。


「……星見の間に、案内してもらえますか?」


「危険です」


「記憶の香を、今も誰かが焚いてるの?」


「ええ。星見の間は、今も密かに使われています。“未来を見る”という名目で」


それはつまり、“皇族の未来を整えるために、誰かの過去を弄っている”ということだ。


「私が見たいのは、未来じゃない。過去の真実です」


フウが微かに微笑んだ。


「あなたは、あの方と似ておられる」


「そう言われると、複雑ですね」


リンは席を立った。


室の外には、乾いた風が吹いていた。どこかで香炉の蓋が落ちた音がした。


誰かの記憶が、また煙となって、王宮を満たす。

リンはその中を、足音を立てずに歩いてゆく。


星見の間への道は、思っていたよりも暗く、そして静かだった。

完結済みにしておきます。

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