第30話:翡翠の告白と黄泉の真意
書庫の重い扉が、静かに閉じられた。
そこにいるのは、私と翡翠様だけ。周囲の視線も声も、すべて遠く消えてしまったようだった。
翡翠様はゆっくりと席につき、その漆黒の瞳を私に向けた。
「私が、黄泉の帳のことを知っていたのは確かです」
彼女の言葉は驚くほど淡々としていた。だが、その背後には深い覚悟が隠されているのが伝わってきた。
「しかし、持ち込ませたのは、私の意思ではありません。あの壺は、私の手から逃げ出したのです」
翡翠様はそう告げた後、古びた巻物を取り出した。
「これは、先代宰相が遺した秘密の書です。この中に、黄泉の帳の起源と、その真の意味が記されております」
私が息を呑む間もなく、彼女は巻物の一節を読み上げた。
『黄泉の帳は、ただの香炉にあらず。これは、死者と生者の境界を揺るがす神器なり。古の時代、王家が災厄を鎮めるため、死者の魂を慰め、生者の心を癒すために使われしもの。されど、使い方を誤れば、死をもたらす呪具となる』
「つまり……これは」
私の問いかけに、翡翠様は頷いた。
「“黄泉の帳”は、祝福と呪いの二面性を持つ。正しく使えば災厄を鎮める神器。誤れば、死を誘う罠」
沈黙が続く。
この事実は、これまでの事件の全貌を覆しかねない重さだった。
「では、あの夜に起きたことは……?」
「誰かがこの神器を、呪いとして用いたのです」
翡翠様の声は静かだが、揺るぎなかった。
「それに加え、香炉には仕掛けがあり、微細な毒性の煙を放出するように細工されていました」
「つまり、ただの飾りではなく、意図的な殺意の道具として改変された……?」
「そう。恐らく、その黒幕は宮廷の奥深くにいます」
私は小さく息をついた。
「それにしても、どうして翡翠様は、そのことを隠していたのですか?」
「私が告げれば、宮中に大混乱が生じる。王家の権威も揺らぐかもしれない。だから、敢えて静観していた」
翡翠様の瞳が揺らぐ。
「けれど、貴女がこの書庫番となり、真実を追う姿勢を見て、私も決断しました」
「私たちは、同じ道を歩んでいるのですね」
私はゆっくり頷き、決意を新たにした。
「ならば、この黄泉の帳の秘密を明かし、真の黒幕を暴きましょう」
翡翠様の表情が和らいだ。
その瞬間、遠くから鐘の音が聞こえた。
王宮に新たな夜明けが訪れようとしていた。
書き終わった話の掲載が終わったので、一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。




