表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
24/64

第24話:禁書が語る、最初の沈黙


 禁書庫の奥、古びた石棚の最下段――。


 そこには一冊だけ、他の本とは異なる“金糸の綴じ目”で閉じられた本があった。


 火災の記録簿でも、処刑台の台帳でもない。表紙には、ただ一文字。


《黙》


「これは……?」


 リンが手を伸ばしかけたその時、誰かの声が背後から降った。


「それに触れてはならぬ」


 振り返ると、そこには、王国筆頭宦官・洛匡らくきょうがいた。


 年老いたその男は、衣の裾を音もなく引きずりながら、ゆっくりと近づいてきた。



「その本は“開けぬこと”が王命であり、我々の沈黙の原点だ」


 洛匡はそう言いながら、リンの手元の本にそっと手を重ねた。


「けれど、わたしはもう、長くはない。……開けなさい。おまえの目で、最後の真実を見よ」


 静かな命令だった。


 リンは、金糸をほどいた。


 ぱらり、と開かれた最初の頁には、誰の名も記されていない。


 ただ、その書き出しにはこうあった。


《第一王女・星潤〈せいじゅん〉、民に知を与えんとし、王命により斬首――》


 読み進めるごとに、リンの喉は乾いていった。


 かつて、“知識の解放”を求めて動いた姫がいた。


 疫病の処置、傷の洗浄、食事の保存――それらを民に分け与えたことで、“王家の神秘”が軽んじられたとされ、処刑されたのだった。


「……それが、最初の沈黙」


 洛匡は頷いた。


「真実を語ることは、時に国を壊す。ゆえに、王家は“語らぬ者”を作り出した」



「だがな、娘よ。そなたは違う」


 洛匡の目が、じっとリンを見据えた。


「そなたは、“語れぬ者”を見つけ、記す者だ。そなたが記せば、それは“処罰”ではなく、“証言”になる」


 リンは息を呑んだ。


 沈黙の王女。仮面の継承者。火で口を焼かれた証人。


 そのすべてが、“語られなかった真実”の名もなき記録。


「……わたしは、書きます」


 言葉が震えていた。それでも、はっきりと口にした。


「王家が“沈黙”に託した罪と、その犠牲を」



 書庫に戻ったリンは、紙と筆を取る。


 けれど彼女の前に現れたのは、意外な人物だった。


 王太子の側仕え・蒼隼そうしゅん


「君が書くと聞いて、止めに来たんだ」


「……命じられて?」


「違う。自分の意志で」


 蒼隼の声には、どこか哀しみが混じっていた。


「君が記せば、国の仕組みそのものが揺らぐ。沈黙の王女の処刑記録は、誰も知らない方がよかったかもしれない」


「でもそれは、“誰にとって”ですか?」


 リンは静かに言った。


「沈黙を命じられた人々にとって? 語ることを禁じられた演者たちにとって?」


「……」


「それとも、“真実が語られると困る人たち”にとって?」


 その言葉に、蒼隼は目を伏せた。


 そして、短く言った。


「ならば、僕も見届けよう。君が書くその記録を、最初から最後まで」



 夜、書庫の蝋燭の灯りの下で、リンの筆が走る。


 一文字ずつ、静かに。


 そこに書かれるのは、誰の名前でもなく、誰に対する非難でもない。


 ただ、沈黙の中で命を奪われた者たちの「痕跡」。


 言葉にされなかった“記憶”そのもの。


 筆の音だけが、夜の書庫に響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ