表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
21/64

第21話:沈黙の書庫、囁く地下


 ――“もう一人の書庫番”。


 その言葉が、リンの耳に残響のように繰り返されていた。


「十年前の火災のあと、“仮面の管理責任者”だけが記録から消されている……。本当に、誰一人覚えていないのかしら」


「記録を改竄した者がいたとすれば、口封じが行われていてもおかしくはありません」


 ユエの言葉に、リンは仮面の失踪がただの盗難でないと確信する。


 そして──


「地下へ行きます」


 そう言った瞬間、空気が凍った。


「……あそこは立ち入り禁止のはずです。王家の儀礼室と並ぶ、最深層。書庫の記録には“忌区”と書かれている」


「禁じられているのは、“知ること”だけ。なら、なおさら、確かめなきゃならないじゃない」


 リンの瞳に宿る決意を前に、ユエは一瞬、息を呑み、そして微かに頷いた。



 夜、無人となった書庫。


 ふたりは灯を最小限にし、奥の階段を静かに降りた。


 埃のにおい。冷たい石の壁。誰も通らぬ時間が、空気そのものを腐らせていた。


 地下三階、古文書の保管区を抜けた先に、封印された鉄扉がある。


「この先が、忌区……?」


 ユエが鍵を差し込み、静かに回す。


 ギィ……という音が、耳に痛いほど響く。


 扉の向こうには、まるで“誰かの部屋”のような空間があった。


「……これは……」


 木製の机。椅子。棚には手記の山。朽ちかけた羽根ペンが斜めに突き立っている。


 空気に、人の生活の“余韻”がある。


「ここ、本当に……書庫番の……?」


 リンが壁の一角に目を留める。そこに、何かが掘られていた。


 ──【名を消されし者、沈黙の番人となる】。


「……まさか、ここに“もう一人の書庫番”が閉じ込められていた?」


 ユエが棚から一冊の手記を取り出した。封蝋が劣化して、すぐに開いた。


 その冒頭に、震える筆跡で書かれていた。


『彼らは私の名を奪った。理由も知らぬまま、“仮面”を預かる者にされた。そして……沈黙が義務になった。私の言葉は、王家にとって毒だったらしい』


「……仮面を被ったまま、この部屋に閉じ込められていたのか……?」


「まるで、“生きたまま封印”されたみたいだ……」



 ページをめくるたび、言葉は次第に錯乱し、意味をなさなくなっていく。


 「光が」「声が」「外に出して」「仮面が外れない」「誰か、誰か──」


 そして、最終頁には、わずか一文。


 ──【仮面の裏には、まだ“誰か”がいる】。


「どういう……意味……?」


 リンが囁いた瞬間、突然、棚の奥で“コトリ”と音がした。


 ユエが素早く懐から短剣を抜く。リンも息を殺す。


 静寂が戻った。……はずだった。


 壁に貼られていた布が、するりと床に落ちる。


 そこには、もうひとつの仮面があった。


 ……仮面に、黒い液体が垂れている。


「……インク? それとも──血?」


 恐る恐る裏返すと、裏に文字が彫られていた。


 ──【“黙する者”は、未だ宮廷を歩く】。



 部屋を出たあとも、リンの足は重かった。


 沈黙の書庫、忘れられた書庫番、仮面、そして“今も黙したまま生きている誰か”。


「……生きてる?」


 そう考えるだけで、背中に氷を流されたような感覚になる。


 あの仮面は、ただの儀礼具ではない。


 “意志を奪い、沈黙を強いる道具”だった。


 そしてそれを使って、十年前、王宮は何かを隠した。


「ユエ……わたし、どうしても知りたいの」


「知って、どうするのです?」


「“誰か”が奪われたものを、取り戻したいの。たとえそれが──王に背くことになっても」


 ふと、ユエが一瞬だけ目を見開き、そして小さく微笑んだ。


「あなたは、きっと、記録より強いです」


 夜の帳が再び落ちる。


 だがリンの中には、はっきりとした光が灯っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ