第20話:沈黙の向こう、語る者
一
翌朝、リンは仮面を包んだ布を開いた。
光の角度で、目のくり抜き部分がゆらりと影を落とす。
──「黙する者こそ、語る者」。
仮面の裏に刻まれた文の意味が、夜を超えてさらに重くのしかかる。黙る者が真実を握っているのか。それとも、沈黙こそ最大の偽りなのか。
「……この仮面、もともとは演者の道具だったという記録があります」
ユエが差し出した巻物には、“黒炎祭”と呼ばれる、かつての秘儀の記録があった。
──黙したまま神託を下す演者。
──聴衆が勝手に意味を付け、やがてそれが“真理”と化す。
「つまり、“黙っている方が、自由に真実を捏造される”?」
「そうです。発言しない者が最も危うく、そして最も“便利”だったのです」
「……まるで今の王宮ね」
リンの声に、ユエが目を伏せる。
言葉は刃。沈黙もまた、同じ刃を持っている。
二
その日の午後、宰相付きの侍史が一人、書庫を訪れた。
眼鏡をかけた若い男で、痩身。緊張した面持ちで、小さな封筒をリンに差し出した。
「書庫番殿に、お渡しせよと……上からです」
「上?」
「名前は……お聞きしておりません。ただ、“もう一人の書庫番”とだけ」
リンは目を細め、封筒を受け取った。
中には短い文章が一つ。
──【沈黙は武器。仮面の裏には、誰かがいたことを忘れるな】。
「……“誰かがいた”? どういう……」
そのとき、ユエがぽつりと呟いた。
「仮面の所持記録、消されています。もともと保管していた“司書長”の名が、どこにも残っていません」
「そんな……。誰かが、意図的に“その人の存在ごと”消した……?」
「はい。しかも消されたのは、ちょうど十年前。王宮に“書庫の火災”があった年です」
リンの背筋がひやりと冷える。
十年前──“仮面の由来”と“失われた記録”と“書庫の火災”。
それは、偶然にしては出来すぎていた。
三
その夜、リンは再び禁書の山を漁った。
“仮面の儀式”の末路を書いたとされる、黒墨で書かれた巻物を見つける。
──黙す者は、やがて処される。真実を語らぬ者が恐れられるのは、語るよりも深い罪を知っているからだ。
──だから、沈黙は「神託」ではなく、「封印」だったのだ。
「封印……?」
リンは手を止める。
仮面は、語らぬための道具ではなかったのか。
“誰かが語れないようにした”、封じるための装置。
──まさか、口を塞がれたのは「意思」ではなく「強制」……?
「ユエ……まさか、あの仮面、“処罰”の道具だったの?」
「……可能性があります。記録にはこうもあります。“黙する者は王に忠義を尽くした。だがその忠義は、真実を覆い隠すために使われた”」
「つまり──」
沈黙は忠義であり、同時に最大の裏切りだった。
四
翌日、仮面が何者かによって盗まれた。
書庫の封印は破られておらず、鍵も異常なし。けれど、仮面だけが“影のように”消えていた。
「盗られた……? なぜ、今?」
「封印が解かれると困る“誰か”が動いたのでしょう」
ユエの言葉に、リンはぞっとする。
黙る者は、まだ宮中にいる。
あるいは、ずっと“黙ったまま”王の傍に仕えてきたのかもしれない。
──「無言の祭具」「消された司書長」「十年前の火災」。
バラバラだった記録が、音もなく一つに繋がりはじめる。
「……もう一人の書庫番。それが、鍵かもしれないわ」
リンの目に、これまでで最も強い光が宿っていた。
本日の内容で書き直しがあったので、一度完結済みにして、明日以降執筆が終わり次第、再開します。




