第19話:沈黙の祭具と沈む真実
書庫の奥、最も日の当たらぬ棚の陰に、奇妙な祭具が置かれていた。
鈍くくすんだ金属製の仮面。目の部分はくり抜かれ、口には針金のような細工が嵌め込まれている。仮面の内側には、古びた銘が刻まれていた。
──「沈黙を讃えし者に、真を隠すを許す」。
「……これは、拷問具じゃありませんね」
仮面を布越しに持ち上げながら、リンは眉根を寄せる。
近くにいたユエも頷く。「祭具です。“黙すこと”が聖とされる教団で用いられたと、禁書の中にありました」
「黙ることが聖なる証……?」
「ええ、喋れば“罪”、喋らねば“忠”。けれど、本当に罪が隠されるのは“黙る者”なのか、“喋る者”なのか──」
「……厄介な真理ですね」
沈黙と真実は、時に紙一重だ。
リンは仮面を元に戻し、書庫の空気を吸い直した。仄かに香る墨と紙の匂い。ここはまだ、静かな場所である。
二
その夜、再び王宮で“耳を斬られる事件”が発生した。
被害に遭ったのは、廷臣付きの筆録官。耳の一部を削がれ、口には紙片がねじ込まれていた。
──【沈黙は、最も美しい忠義】。
「仮面と同じ思想……?」
手紙を読み、リンは静かに息を呑む。あまりにも不気味な一致。
「この思想、禁書で扱われていた教団のものに酷似しています」
ユエが差し出す書。リンはページをめくりながら、眉をひそめた。
「……けれど、妙です。仮面があったのは、もっとずっと古い教団。なのに、今、その思想が再現されている……?」
「誰かが、意図的に“再演”しているのかもしれません」
新旧の禁書を横断しながら、リンの頭に浮かんだ一つの名。
「“無声の神官”。──これ、当時の司祭長の呼び名。失声したにも関わらず、奇跡を説いた男」
そして、その神官は、後に“民衆を扇動しすぎた”として処刑されている。
「真実は……沈黙の中にこそあったのかもしれません」
三
後日。
書庫にひっそりと届いた一通の封書。それは宛名も差出人もない、ただの羊皮紙だった。
中にあったのは、一片の文。
──「書庫番の少女へ。仮面を探し、黙す者を問え。沈黙が破られたとき、祭は再び始まる」
「誰から……?」
答えのない問いを抱えながら、リンは仮面のことを再び思い出す。仮面の裏の銘。沈黙を守る者にこそ許される“真実の隠蔽”。
──ならば、喋る者が罪を犯したのではない。
──黙ったままの者が、最も深く、最も狡猾に罪を隠すのだ。
祭具が語るのは、静寂の暴力。
リンはそっと仮面の目の部分に自分の指を差し入れ、微かに囁いた。
「あなたの目に、誰の沈黙が映っていましたか……?」
書庫の灯が、仮面の中でかすかに揺らめいた。
一度完結とし、執筆が終わり次第、連載を再開し、掲載します。




