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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
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第13話:名なき記録と、王家の影

 夢から覚めたリンの視界に、書架が映った。


 ここは、書庫――自分の“始まり”の場所。


 夢見の香によって得た映像は、まるで現実のような臨場感を伴っていた。王女セレナの夢の中で出会った“顔のない女”は、災厄の象徴ではなく、“語る存在”だった。


 そして彼女は言ったのだ。


「名を問うか。ならば、次に会う時、答えよう。その時こそ、“門”は開かれる」


 “名”を問う──それは、禁じられた存在にとって、極めて重要な意味を持つ。

 名を持たない者、名を奪われた者、名を封じられた者。

 それらはすべて、歴史の裏で“記録から消された”存在を指している。


 (名を消す……それは、ただの忘却じゃない。意図的な“抹消”)


 リンは、書庫の最奥――滅多に触れられることのない「封書記録」の棚を開けた。

 この棚の中には、王宮の過去に起きた“不都合な事件”や“処罰された者の記録”が、糊付けされたまま眠っている。

 そのほとんどは、王命によって「閲覧不許可」とされており、実際に解封した者はごく限られている。


 しかし今、宮廷書司となったリンは、その記録に“知る理由”を持つ者として、正式な閲覧権を得ていた。


 慎重に糊を溶かし、一冊の封記録を開く。表紙には、かろうじて読めるほどの薄墨で、こう記されていた。


【第十三代国王期・記録抹消案件/“巫女の乱”】


「……巫女?」


 読み進めるうち、リンの表情が険しくなる。


 かつて、この王国には「星見の巫女ほしみのふじょ」と呼ばれる役職が存在した。

 王族に仕え、災厄の兆しを読み解き、神託を伝える存在。

 だが、第十三代国王の治世に、巫女たちは“謀反”の罪で全員処刑されたとある。


 だが――


「おかしい……内容が矛盾してる」


 表の記録では“巫女が災厄を呼び寄せた”とあるが、付随する古い日記にはこう書かれていた。


『あの女は、ただ星の警告を語っただけだ。王が耳を塞いだのだ。聞かなかったのは、我らだ』


 それは、巫女が“災厄を予言”しただけで、反逆などではなかったことを示していた。

 警告を無視した王が、口封じのために“名を消した”――。


「……“顔のない女”は、星見の巫女の成れの果て?」


 リリィの声が、背後から響いた。


「やっぱり、ここにいたわね。予想通り……封書を開けてるとは思ったけど」


 手に小さな薬包を持ったまま、彼女は静かに近づいてくる。


「あなた、寝起きのまま走って行ったから心配したのよ」


「……ごめんなさい。でも、時間がなかったの」


 リンは、封書の記録を指差す。


「“巫女の乱”って知ってる?」


「名前だけ。私たち薬官は、そういう記録に触れる機会はないもの。でも……」


 リリィは封書の一節を読んで、目を細めた。


「……これ、処刑された巫女の数。七人。しかも、全員が“星に祝福された者”って書かれてる」


「それよ。星の紋様、夢に現れた“六つの星”。あと一つで“七”になる」


「……つまり、王女セレナが“七人目”?」


 ──否。そうではない。


「七番目は、まだ目覚めてない。けれど、誰かの中に“名なき存在”として眠ってる」


 それが誰なのか、今はわからない。


 しかしこのままでは、“夢の中の存在”は現実に干渉し始める。

 王宮の誰かが、“最後の封印”になる前に。


 リンは記録の末尾を指差した。そこには、震えるような文字で、こう書かれていた。


『名なき巫女は、真実を封じられた。彼女は語る。“門を開く者”が現れし時、記憶は目覚める。――だが、開いた者が生きて戻るとは限らぬと』


「開いた者が……生きて戻れない?」


「夢の中で、もし“本当の名”を呼んでしまえば、精神は“こちら側”に引き戻される。そう書いてあった」


 リリィの言葉に、リンは静かに頷いた。


 だが、躊躇いはなかった。


「なら、なおさら、私がやらなければならない。誰かが門を開けて、真実を見なければ」


 ──そのとき。


 扉が開き、使者が飛び込んできた。


「報告! 東の山間部にて、土地が割れ、黒煙が上がったとのこと! さらに、夜空に“星の列”が現れたと……!」


 星の列――六つの星が、空に一直線に並ぶ。

 それは、古文書が示す“災厄の完全な目覚め”を意味していた。


「……始まったのね、“次の段階”が」


 リンは書庫の灯りを消し、ひとつの巻物を懐に収めた。


 それは、王国の最深部――“封印の地”と呼ばれる、地図にも載らぬ禁域の所在を記した唯一の記録だった。

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