ホーリーエルフ
ノレスの魔力の気配を辿って武器庫へと着いたアスタルテとコトハは扉を開いて驚愕する。
「な……なにここ……」
武器庫はとてつもない広さをしており、奥の壁まで300メートルはあった。
そこまでには壁一面に武器が並べられており、武器が納められたガラスケースも並んでいた。
「む、一体この数時間どこにおったんじゃコトハ。 神器探しは途方も無い時間が……」
2人に気付いたノレスが話しながら近づいてきたものの、途中でピタリと止まる。
「んん……?」
ノレスは首を傾げて唸ると、2人に顔を近づける。
「え、何……?」
「お主ら、風呂に入ってきたのか……?」
「あー、うん……入ったよ?」
コトハとの時間で汗やらなんやらにまみれてしまった2人は、ここに来る前にお風呂に入ってきたのだ。
「何故この時間に……まさかお主ら……」
「……ノレス」
わなわなと震えるノレスの言葉をコトハが遮る。
「……私にも…魔族化のやつ……やって…」
コトハがお腹をさすりながらノレスに向かって呟く。
「やはりか……」
ノレスは手を顔に当てため息を吐く。
「コトハ、お主はエルフじゃからわざわざ魔族化せんでも……いや、まぁ…良いじゃろう」
ぶつぶつと呟いていたノレスだったが、諦めたかのような顔でコトハに向き直る。
「レーネ達のように数日地獄を見るじゃろうが、良いのか?」
「……望む…ところ…」
ノレスの問いにコトハは小さくガッツポーズをとる。
「じゃあやるぞ。 アスタルテ、コトハがぶっ倒れたら部屋まで運んでやるんじゃ」
「う、うん……!」
アスタルテの返事を聞いたノレスはコトハに手をかざす。
するとレーネ達の時と同じようにコトハが光に包まれた……のだが──────
「あれ……?」
光が消えた先にいたのは、何も変わらずケロっとしているコトハだった。
以前レーネとゼルが活性化された時はすぐさま苦しみだすと共にその場に倒れ込んでしまっていたのだが……。
「もしかして……失敗?」
「いやまさかそんなはずは……ってなんじゃこれは!?」
突然の大声にアスタルテはびくりと身体を震わせる。
「な、なにどうしたの?」
「コトハのステータスを見るのじゃ……!」
ただならぬ様子のノレスに耳打ちされたアスタルテは状態確認でコトハのステータスを見る。
そこにはズラリとステータスが表示されていたのだが、その中でも見慣れない文字を見つける。
「ホーリー……エルフ?」
なんと、コトハの種族がエルフではなくホーリーエルフというものになっていたのだ。
「ノレス、これはエルフの上位版みたいな感じなの?」
「分からぬ、少なくとも我は聞いたことがない……」
ノレスはしばらく唸っていたが、やがて顔を上げると扉に向かって歩き始める。
「このまま考えていても我では答えが出せぬ。 とりあえずお母様達の所へ行くぞ」
「わ、分かった」
「……?」
状況が分からず首を傾げるコトハに説明しながらアスタルテ達は来た道を戻るのであった────。
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コンコン。
「ノレスです。 お母様方、少しよろしいでしょうか」
「おー、入るのじゃ」
部屋の中からレラシズファティマの声が聞こえ、ノレスは扉を開ける。
そこにはソファに座るナディアスキルと、その膝を枕に寝そべっているレラシズファティマの姿があった。
「何かあったのか?」
「ちょっと聞きたいことがあって来ました」
「ふむ。 まぁとりあえず座るのじゃ」
起き上がったレラシズファティマに促され、アスタルテ達は向かいのソファに着席する。
「で? どうしたのじゃ?」
「実は魔族化の事で……」
ノレスは先程起こったことを2人に説明する。
「ふむ。 ホーリーエルフとな……」
事の顛末を聞いたレラシズファティマは腕を組んで少し唸り、やがて口を開いた。
「お主ら、この世界の者達がどうやって生まれたか知っておるか?」
「どうやって生まれたか……ですか?」
「うむ」
レラシズファティマの問いにアスタルテは首を傾げる。
(それってアダムとイヴ的な事なのかな……)
この世界に来てそれなりに時間が経っているものの、学校みたいな所で勉強する機会に触れたことは一度もない。
そのため、この世界の歴史とかはまるで分からないのだ。
アスタルテが首を傾げていると、コトハが手を挙げる。
「……人族が生まれて…各地に分散して……環境の違いで魔人や…エルフに進化したと……聞きました…」
「うむ、確かにその説はあるのう」
コトハの言葉にレラシズファティマは頷く。
「ほとんどの種族は人族のパーツを持っておる。 つまり人族がベースで、そこから長い時を経て森で暮らし魔力を多く吸収したものがエルフとなり、動物と共に過ごした者は獣人となり、自然を取り込んだ者は魔人となった」
「なるほど……」
「まぁ獣人も魔人の中で種族が派生した物じゃがの」
レラシズファティマの話を聞いてアスタルテはゼルの種族を思い出す。
そう言われれば確かにゼルは獣人だけど、種族は魔人だった。
つまり魔人族の中の獣人の括りで、獣人の中のミノタウロス族という事か……。
前世でいうところの人間の中でも日本人で〇〇県生まれみたいな……?
「ならば、魔族はどこから来たのじゃ?」
レラシズファティマの問いにアスタルテは固まる。
魔族がどこから来たのか……。
考えてみれば、魔族は他の種族と違って決まった容姿を持たない。
魔族戦争の時や魔王城に来てから見かけた魔族は、見た目が人族と変わらない者もいれば、私やノレスのようにコウモリの様な羽を持つ者、獣人のように動物の角を持っていたり、様々な肌の色をしていたり。
同じ魔族といっても、全員が全員特徴が違い過ぎるのだ。
「我はもう一つの説が有力だと思ってるのじゃ」
「もう一つ……?」
「人族から派生して“進化”したのではなく、魔族から派生して“退化”していった説じゃ」
「退化……!?」
「うむ」
頷いたレラシズファティマはテーブルに置いてあるクッキーに手を伸ばすとポリポリと食べ始める。
「ここ魔界は魔力の濃度が高くてのう、魔族が住みやすい環境にある。 しかし、当然外の世界へ旅立っていくものも多いのじゃ」
「確かに一定数はいそうですね」
「うむ。 そうして魔力が薄い所で長く過ごしていく内に少しずつ退化していき、別の種族へと退化していったと我は考えておるのじゃ」
「なるほど……」
「魔族は寿命を持たぬ。 それは強い細胞と魔力によるものじゃ。 しかし、魔力が薄い環境で世代を重ねるにつれ身体の魔力が薄まっていき、肉体の維持が間に合わなくなっていったのじゃろう」
アスタルテは先日ノレスから聞いた話を思い出す。
魔族はその強力な細胞によって魔力が身体を常に巡っており活性化されている。
それによって細胞が衰えず、つまり老化しないのだ。
「でも確か、エルフも不老なんですよね?」
「そうじゃ。 そしてそれは、魔力濃度が比較的多めな森に移り住んだからじゃろう」
「では、エルフと魔族の違いはなんなんでしょうか……?」
「エルフは魔族と比べて、圧倒的に腕力が無いのじゃ」
「……確かに…エルフは…皆……魔力に特化してる……」
「でも、魔族は魔力との親和性が高いから身体能力が高いんですよね? それなら魔力特化のエルフも同じようにならないんですか?」
アスタルテは疑問をレラシズファティマに投げかける。
魔力が循環する仕組みが一緒ならば、エルフも魔族と同じ恩恵が受けられるのではないだろうか?
「そこがエルフが魔族から退化した点なのじゃ。 確かに魔力の流れは魔族に似ておるが、それは身体全体のためではなく、魔法に干渉しやすくするためのものなのじゃ」
「リソースを魔法に割いてしまってるという事ですか?」
「というよりは、上限が低い感じなのじゃ。 魔族の魔力が100だとしたらエルフは10しか無いといった所じゃな」
「ええ!?」
「じゃから腕力に割り振る余裕がないのじゃ。 魔族ならば魔法に30使ったとしてもまだ70の余裕を残しておるところを、エルフは7とかしか使えぬ上に3しか残せぬ」
「そんなに違うんですね……」
話を聞けば聞くほど、魔族の規格外の性能に驚かされる。
「そんな感じで、魔力を残したのがエルフ、角や羽を残したのが獣人、自然を残したのが獣人以外の魔人、そして魔族の要素をほとんど失ったのが人族じゃ」
「自然を残した魔人というのは……?」
「アウラウネ族のように植物に近い者やウンディーネ族のような者じゃな」
「あ、なるほど」
アスタルテは今住んでいる家を紹介してくれたドリアード族のチャムを思い浮かべる。
「ふむ、しかし進化論ではなく退化論とは……」
ノレスが顎に手を当てて考えていると、アスタルテに疑問が浮かぶ。
「そもそも魔族はどうやって誕生したんですかね?」
先程レラシズファティマが言っていた魔族はどこから来たのかという言葉。
そこからベースが魔族で退化し派生していったという話になったわけだが、ならばそのベースである魔族はどうやって生まれたのか。
特徴が千差万別である以上、魔族もそれぞれ世代を重ねると共に遺伝してきたものだと思われるのだが……。
ふとノレスとレラシズファティマ達を見比べたアスタルテはとあることに気付き固まる。
レラシズファティマはアスタルテと同じ位の身長にピンク色の髪、山羊のような渦巻く角に背中から生える2本の羽に薄紫色の肌。
ナディアスキルはレーネと同じ位の身長に白銀の髪、羽や角などは無く人族のように見えるものの、特殊な目を持っているとのこと。
一方ノレスは、2メートルに届きそうな高身長に黒色の髪、山羊のような渦巻く角に背中、腰からそれぞれ2本ずつ生えている4本の羽に薄紫色の肌。 そして左足から左頬まである紋様。
一見レラシズファティマの特徴を引き継いでいるノレスだが、髪色や身長は一体どこから……?
「魔族の始まり……そうじゃな、我も正確な事は言えないのじゃが、魔族にとって魔力は核と言って良い程重要な物。 じゃから魔力の集合体に自然界の生物が合わさり生まれたものと考えているのじゃ」
「魔力の集合体に生物が……」
「生物が先か魔族が先かは分からぬし、これも我の仮説じゃからの。 それこそ真相は神のみぞ知ると言った所じゃろうか」
神……。
そう聞いて思い浮かんだのはやはりアスタルテがこの世界に来るきっかけを作った輪廻の女神キヤナだ。
会って色々と聞いてみたい事はあるが、あの場所への行き方も連絡の取り方も知らない以上不可能だろう。
「我は正直、見た事も無い神を信じておらぬのじゃが……アスタルテ、お主は神と魔族とハーフなのじゃろう? 両親はどこに住んでるんじゃ?」
「えっと……」
どう伝えるべきか……。
アスタルテが悩んでいると、隣に座るノレスが口を開く。
「アスタルテは神が作った肉体に魂が入った、いわば転生してこの世に来たとの事です」
「それはまた壮大な話じゃな……。 いやしかしなるほど、神は実際に存在しておるのか……」
「あの……」
両親が話題に出たところで、アスタルテはさっき気になったノレスとその両親二人の特徴の違いについて聞こうとするが……。
(ちょっと待って、両親に向かって貴方のお子さんお二人に似てないですねなんて言うのやば過ぎない!?)
「どうしたのじゃ?」
「えっと……なんといいますか……」
アスタルテがどう言おうか迷っていると、ここまで静観していたナディアスキルがニコリと笑う。
「アスタルテちゃん。 魔族化をしたから知っていると思うけれど、魔族の細胞……つまり血、遺伝子というものは物凄く濃いの」
「は、はい」
「それは数十世代前の先祖の血が未だに色濃く残る程なのよ」
「えぇ!?」
「だから魔族との間に生まれる子には何世代も前の魔族の特徴が現れることは日常的なの」
「なるほど、そういう事じゃったのか」
会話から察したレラシズファティマはクククと笑う。
「ノレスは我々の持っておらぬ特徴を複数もっておるからのう、魔族に馴染みのない者が不思議に思うのは当然じゃ」
魔族に馴染みのない魔神というのも不思議なものだが、アスタルテはノレスの両親との違いに納得した。
「さて、話が少々脱線したのじゃが、ホーリーエルフというものについてじゃ」
レラシズファティマは座りなおすと、真剣な眼差しに戻る。
「まず、ホーリーエルフという種族もといその単語自体、我は聞いたことが無い」
「……!」
レラシズファティマの言葉に一同は動揺する。
「勿論ノレスとアスタルテが“観た”のじゃから間違いはないのじゃろうが」
観た……というのは状態確認の事だろう。
「そこで我の考えなのじゃが、先程エルフは魔族と似ているという話をしたじゃろう?」
「はい、上限が下がったような感じだと」
「じゃからエルフの魔族化は他種族と比べて少量の魔族成分で良いし、活性化させたとしても似た遺伝子であるからすんなり魔族化するのじゃ」
「そうだったんですか!?」
「正直、魔族化なんて滅多に行われぬから聞きかじった知識じゃがの。 そして魔族化の儀式はその名の通り魔族化……とはいえ、お主は半分神の血が流れておる」
「そうですね」
「少量で魔族化が完了するのにも関わらず他種族を魔族化させるときと同じ量を与えたのであれば当然お主の細胞は余る」
「その分はどうなるんですか?」
アスタルテの質問に、レラシズファティマは腕を組んで首を傾げる。
「うーむ……本来は自然に排出されると思うのじゃが、活性化させてしまったからのう……。 魔族化が完了した以上、もう魔族成分は必要ない。 ならば残るのは……」
「私のもう半分の神の方って事ですか……?」
「そう考えるのが妥当じゃろうな」
「でも、レーネさんとゼルさんは……」
「魔族化の儀式じゃから当然魔族の遺伝子が優先されるじゃろうし、神の方は影響を与えなかったと思うのじゃ」
「でも、エルフにとって魔族の遺伝子は似ているものだとしても、神の方は全く違うんじゃないでしょうか? それなら身体の防衛本能で熱を出して退けようとするんじゃ……」
「それはあくまで魔族化の場合じゃ。 神化?魔神化?の場合は例外だったのじゃろう」
アスタルテは茫然とする。
神化ということは……私は神を誕生させてしまったという事なのだろうか。
それってもしかしてとんでもないことをしてしまったのでは……。
「それじゃあ私は神化の儀式をしてしまったんですかね……」
「神化の儀式があるのかは知らぬが、我の考えではコトハは魔神……いや、魔神エルフじゃと思うぞ」
「そ、そうなんですか?」
「先程の理屈でこうなったとするならばの。 それに種族もゴッドエルフとかではなくホーリーエルフなのじゃろう? ホーリー自体は魔法のカテゴリにあるいわゆる光系の神聖魔法じゃ。 つまり、神聖魔法に特化した魔神エルフじゃと我は思うのじゃ」
「……何であれ……私は…嬉しい…」
レラシズファティマの言葉を聞いてコトハははにかむ。
「あくまで我の考えじゃからな? 絶対そうとは限らぬしそういうのに詳しいのはクエンじゃろう」
クエンという言葉にノレスの眉がピクリと動く。
「あやつは遺伝子やらなんやらに詳しかったからの。 あやつの実験室を漁れば何か出てくるのではないか?」
そういえばクロを作ったのもクエンだったっけ。
確か二人の身体を溶かして細胞を抽出して組み合わせたのを作った身体にいれるだとか……。
あの時はその衝撃に気を取られてたけど、よくよく考えたらとんでもない技術だ。
ノレスはクエンを発想が子供のような馬鹿と言っていたものの、馬鹿と天才は表裏一体とも言うし、高IQを持つ天才は自分より低いIQの一般人とは話が合わないとも聞く。
もし大きな野望さえ持たなければ魔族の将来に大きく貢献していたのかも……。
ふとそんなことを考えるアスタルテなのだった──────。




