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第66話 野生のサムライが現れた


 ヒヨコ君の育成を始めて三日目。イベントまで残り二週間を切ったところ。どうにも自分は人を育てることに向いていないというか、教え方がわからないというか。単独での育成に限界を感じていた。

 原因は自分のスタイルが特殊なせいでとがった育成しかできない、というのでまず間違いないだろう……仕事だったら、自分のやることと相手のやることが一致しているからまだマシというか、やりやすいんだけど。


「ということで臨時教師のサムライ君だ。よろしくたのむ」

「どうして同じ方向へ尖った教師を呼んでくるのかがわからない」

「呼ばれたわけじゃなくて、聞きたいことがあって来ただけなんだけど……」


 なんだ。声をかけようとしたタイミングでやってきたものだから、てっきりまた戦いに来たものかと。


「そういうこと……聞きたいことって?」

「次のイベントに参加するのかどうか! 聞きたいのはそれだけだ。前のチームは脱退したそうじゃないか、まさか引退するつもりじゃ……ない、よな?」


 サムライ君はやや不安そうな声色で尋ねる。


「まさか。負け越したまま引退とかあり得んよ」

「ああ……それを聞いて安心した……でも、それじゃあなんでチームを抜けた?」

「次のイベントはこいつと一緒に出るからだ。新たに参入じゃメンバー上限を超えるからな」

「彼とは仲のいい友人だったり?」

「んー……まあ、それに近いか」

「まさか恋人!?」

「ちゃうわぼけ」

「違います」


 こらヒヨコ君、いくら相手が先に失礼をしたからって、失礼で返すのは行儀が悪いぞ。勘違いに過剰に反応しては、よけいに加速するというもの。こういうのは冷静に対応するのが一番だ。

 仲のいい友人かという質問に、それに近いもの、と返したら、そうもなるか? ともかく誤解を招いたのならそれを解く必要がある。特に不名誉な勘違いならば。


「俺と彼の関係は、そうだな。恋する少年と恋路を応援するキューピッドさ」


 たとえがアレだが間違っちゃあいないはずだ。ナメクジ君に恋をして、彼女に振り向いてもらうために努力する。俺はそんな彼に師事されて、輝ける青春を特等席で眺める権利を得る。ついでにナメクジ君をまっとうな道に引き戻してもらう。Win-Winというやつだ。


「どっちがどっち?」

「俺がキューピッド」

「だよねえ」

「少年扱いは甚だ不本意だが、そういう関係だ」

「面白そうな話じゃないか……詳しく聞かせてくれないか」

「断る! なんで赤の他人にそんなことを話さなきゃいかんのだ!」


 百理ある。だが、彼とてリターンなしに恥ずかしい話を聞かせてくれなんて恥知らずな真似はすまい。内情は知らんが、一つのチームをまとめるリーダーだったのだし、そこらへんの機微には敏いはず。少なくとも俺よりは。


「話してくれれば、その対価に君を育てて見せよう」

「彼は前回イベントの準優勝チームのリーダーで、最後の一人まで残って戦い抜いた猛者だ……ナメクジ君がいなければ優勝していたのは彼らだった。タイマンじゃ負け越してるし、ぶっちゃけ俺よりも強い」

「よしてくれ。照れる」

「それも今だけだがな!! 今に逆転するから見てろよ……次のイベントじゃ俺たちが勝つ。最後まで残ったお前を一対一で倒してみせる」

「ああ……それなんだけど。私もチームに入れてほしい」

「……あ、アイェェェエエエエエ?! ナンデ?! サムライナンデ!?!?!? いやほんとなんで?」

「前回イベント準優勝者と、優勝者が手を組んで戦う。ロマンがあるだろ?」

「ロマンがあるな」


 深く頷く。面白いは正義なように、ロマンは正義。正義には従うべきだ。


「それで、元居たチームはなんて?」

「全力で殺しに行くから、首を洗って待っていてくださいお頭! って気持ちよく送り出してくれたよ」

「ずいぶん物騒じゃないか。」

「でもその間に挟まるやつがいるわけだけれど」


 はっきりと足手纏いと言わないのはせめてものやさしさか。

「初心者が上級者に鍛えられて、初参戦した大きな舞台で華々しい勝利を飾るのもロマンがあると思わないか?」

「……うん、アリだな」

「その成果でもって好きな子へアタック! めでたくカップル成立! これもロマンじゃないか?」

「その子が同じゲームをプレイしているならまあ、なくもないか……?」


 なくもない、程度の可能性だが。本当、限りなくゼロに近いけど。ゼロではない。ナメクジくんはハッキリ興味がないと言ってたけど……でも、結果を得るまでの努力に心惹かれることもあるかもしれない。

 ……まあ失敗したら失敗したで、それはそれで面白い。なんたって俺は悪くないし。


「……本当にうまくいくのか不安になってきた」

「やる前からあきらめちゃぁいけない。そのままだと有象無象のクラスメートで終わるぞ。卒業式が終わったらハイさようなら、次に会うときは同窓会か、下手すれば結婚式の招待だ……優勝したあとに告白すれば、せめて記憶には残れる。あわよくば恋が実る」

「ごふっ……! 想像したら胃がキリキリしてきた……」


 機体が中身の動きに釣られて腹を抑えて蹲る姿はとてもシュール。笑いたくなるのを堪えて、手を差し伸べる。


「失敗することだけを想像していれば失敗しかない。さあ、想像を現実に近づけるために、立て!」


 成功するところばかりを想像していても足元を掬われるが。かといって失敗ばかりを恐れていて立ち止まっていては始まらない。

 彼にはぜひとも頑張ってほしい……青春ドラマを特等席で見せてもらうために。


「ということで先生お願いします」

「いきなり丸投げされたぁ!?」

「チームメイト同士助け合おう。な?」

「……むぅ。まあ、いいか。アヌスレイヤーの弟子がいかほどのものか。試させてもらおう!」

「じゃあ俺は邪魔にならないところで見とくから」


 自分は隅っこに移動して、サムライ君とヒヨコ君の戦う姿を眺めることにする。こうして離れて見ることで、実際に戦っている者にはわからないことも見えてくるかもしれない。ヒヨコ君を一分一秒でも早く立派な雄鶏に仕上げるために、使える手はすべて使う。


「先生! 初心者狩りはよくないと思いまぁす!!」

「やる気をそがない程度に手加減してやってくれ」

「心得た」


 なんやかんやで、ヒヨコ君もあきらめて受け入れて、彼の機体の武装が変更される。ライフル二本とロケットランチャー。近接戦では万に一つのチャンスもないということを理解して、逃げを選んだか……だが、それもアリ。退くことも立派な戦術だ。恥ではない。引き際を見誤って敗北よりも、勇気ある撤退こそ称賛に値する。

 対するサムライはいつもの大容量バッテリー+ブースター、二刀流。高速格闘機。


 戦いの結果を見届けよう。


 両者対峙してカウントダウンが始まる……カウントゼロ。ブースターの光が二つ瞬く。ヒヨコ君の機体が、前に向かって飛翔する。格闘機に対抗する際の安定の戦術は距離を開けることだが、その真逆を行く選択に思わず感心の吐息が漏れる。逃げるのではなく、あえて立ち向かうその姿勢はとても……ほれぼれするほどカッコイイ。

サムライの機体も同じく前に向かって飛翔する。このままでは二機の中間点で衝突するが、ヒヨコ君は如何にして切り抜けるつもりなのだろう。


「どうせ勝てないなら、せめてぇ!!」


 中間地点で、ヒヨコ君が胴体を真っ二つに切り分けられた直後、大爆発。さらに肩に積んだロケットランチャーにも誘爆して、もう一度爆発……装甲の表面を飛んできた石ころが叩いてカンカンと鳴る。

自爆特攻…………面白い。そういうのもあるか。勝てないのなら、道ずれに。前回ボンバーマンがやった手口だ。いや、でも勝ちではないし、どうなんだ? 結果が全てではない、それに結果が全てというのなら、初心者を抜けたばかりのプレイヤーが前回準優勝者と引き分けになったその結果は、賞賛どころか喝采に値するのでは?

 悩んでいる間に煙が晴れた。爆心地には何も残っていなかった。リスポーンまでしばし待つ。


「どうだ!」

「…………アッハッハッハッハハ!! これは一本取られたなぁ!」


 少なくともサムライ君は大爆笑……当事者同士が納得しているなら部外者が口出しをすることはない。


「で、次のイベントは出会う敵全部に自爆特攻するつもりかい?」

「……」

「しかしその度胸は気に入った。それだけ思い切りよく飛び込めるなら、格闘機使いの素質がある……お前もブレオンを使わないか」

「それじゃチーム全員格闘機になるわけですけど。バランスって言葉ご存じない?」

「浪漫の前には些事だよ」

「ああ。些事だな」

「こっちは匙を投げたい気分だよ!」

「上手い。座布団一枚」

「……はあ。一応どうするかは考えてある。二人の後ろからライフル撃って支援。やばくなったらロケランで一発ぶちこむ」

「……」


 それがヒヨコ君のロマン(答え)なのか? 地味な絵面になるが、ナメクジくんの心をつかめるとでも思っているのか? そうでないなら激しく問い詰めてやりたいところだが、しかしロマンだと言い切るのなら否定するのは主義に反する。

 口に出すべきか、出さざるべきか。少しだけ苦悶する。


「それがヒヨコ君のロマンなら何も言わないが」


 そんな情けない指導者の代わりに、サムライ君が聞いてくれた。


「初めて一か月もしない初心者に何を求めてるんだよ! 足引っ張らなきゃ上出来だろ!?」


 叫ぶヒヨコ君。ロマンではなかったようだ。しかし、彼の叫びは我々の心には響かない。彼とは目的が違うのだから仕方ないのかもしれない。しかし、わからなくとも手を取ることはできる。歩み寄ることもできる。


「何を求めてるか……?」

「ロマンだよ」

「ロマンってなんだよ……! わかんねえよ……」

「難しく考えなくていい。ロマンというのは、つまりカッコイイだ」

「カッコイイ……」

「幼いころにテレビで変身ヒーローを見て憧れただろう。そうなりたいと思ったことが一度くらいあるだろう」


 俺の場合は、怪人にガトリングぶっぱなす変身ヒーローに心惹かれた。それがどうしてパイルに向かったのかは謎だが。


「……ある」

「その気持ちを思い出すんだ。足を引っ張るとか、余計なことは考えなくていい」

「問題ない。私たちがカバーしよう」

「だから君。自分が最高にかっこいいと思う機体を組み上げて、俺たちに見せてくれ。それが俺たちの望みだ」

「ブレオン機だと嬉しいけどな」


 そういうことで、ヒヨコ君が機体をくみ上げるまでの間、サムライと試合をすることにした。どっちも負けそうになったら自爆で引き分けになり、勝ち負けもクソもない殴り合いになってしまったが、まあ楽しかったのでヨシとする。


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