第63話
あるー日、店のーなーか、ナメクジに、であーった。
「ようナメクジ。飯食いに行こうぜ」
「それが女子高生を誘う言葉?」
いつもの週末、仕事帰りに買い物に来たら、同じショッピングモールで買い物をしていたナメクジ君とばったり遭遇してしまったので、ついでに食事に誘ってみた。が、どうも誘い方が悪かったようで、むすっとした顔で文句を言われる。かわいい。
「ゲーム友達にかける言葉としては適当だろ?」
「ゲームの中ならともかく制服を着てる間は学生として扱ってほしいんだけど」
「ぁー、そうかぁ……」
丁寧に。スーツを着た成人男性と、制服を着た女子高生の組み合わせ……お互いの認識がどうであれ、他人がどう見るかはまた別問題。この組み合わせで、男がやたら丁寧に接している場面はどう見える? ……これまた誤解されそうだな。丁寧に扱えばかえって評判が落ちる、世間の目というのはあまりに理不尽。会社じゃもう噂が流れてて、否定して回ってるし。かといって雑に扱えばナメクジくんの好感度が下がる。果たしてどちらを取るべきか。
どうでもいい他人からの世間体よりも親しい友人の機嫌を取ったほうが断然お得だね!
「まあそれはいいとして。俺が気取ったセリフで誘ってきたらどう思う?」
「気取らないのと雑な扱いを同じと考えてる時点で女の子のことがわかってない。そんなことだからいい年した大人なのに恋人が居ないんだよ、わかってる? ああ、わかってたらあんな誘い方しないもんね。ごめんね」
「……ぐうの音も出ない正論でございます」
言葉では謝っていても態度が完全に見下しているそれだ。一言一言が鋭い刃となって容赦なく自尊心をそぎ落としていく。相手が年上だからか一切の容赦がない……いや、たぶんこいつは年が上だろうが下だろうが同じだろうが言うことを変えない。そういうやつだ。
ファンメールを送ってきたくせに。と返したいが、ゲームとリアルの扱いは分けろと言われたばかりだ。自重する。
「ちなみにそういうお前はどうなんだ。クラスメイトで恋人とか作らないのか?」
あのナメクジ君より弱い男の子とか。彼はあきらめずにアタックしてくれているだろうか。彼の恋が実ってくれれば、ナメクジ君との関係もすっぱり切って、この楽しい時間と引き換えにはた迷惑な噂を完全に否定できるのだけれど。
「ゲームしてたほうが楽しいって、前に言わなかったっけ。だから一芝居付き合ってもらったのに。もしかしてもう忘れた?」
「いやいや。あんな役得忘れるわけがない。モテる女はつらいですねー」
「そういうこと。そんなモテモテ美少女と会話できてうれしいでしょー」
「へーへー。身に余る光栄ですよーお嬢様―」
半分ふざけて、半分本気でそう思っている。ゲームの友達とはいえ、年も性別も違う相手と話ができる機会なんて普通はほぼないのだし。まして相手が美少女とくれば、砂浜で拾った石が竜涎香だったのと同じくらいの奇跡だろう。
「まあそれはともかく。悪いけど今日は帰ってお兄ちゃんのご飯作らないといけないから。また誘ってね」
「もちろん。次はもう少し気のきいたセリフを考えとくよ。あとリーダーにも、よかったら週末にオフ会しようって伝えといてくれ」
「わかった、アヌスレイヤーに食べられそうになったって伝えとく。じゃあねー」
「やめてくれ、殺される」
笑って恐ろしい冗談を言う娘だ……それにしてもお兄ちゃんか。俺も言われてみたいね、妹居ないけど。やっぱりお兄ちゃん呼びはロマンだよ、ロマン。
元気よく立ち去るナメクジ君を見送り、自分も歩きながら今日の夕飯のメニューを考える。考えて買えって? 安い材料をたくさん買いためておいて、冷蔵庫の中にあるものでメニューを考えるのだ。腐る前には食べきれるし、食べきれない分は冷凍しておけばしばらく持つし。
冷蔵庫の中には玉ねぎ、にんじん、ジャガイモ……カレー作るか。肉は今日買った分で。そうしよう。
レトルトもおいしいけど、やっぱり自分で作ったほうが好みの味になるんだよな……カレーの辛さは中辛にするか辛口にするか「オイあんた」……悩みながら歩いていたら、聞き覚えのある声に考えを中断させられた。
声の聞こえたほうに振り向けばそこには、ナメクジ君に片思いしている学生君。
ナメクジ君以下だから、何と呼べばいいだろう。ゴミカス君? それはあんまりにかわいそうだ。少年Aと呼ぼう。
「何か用かい」
「なんであの子を食事に誘ったぁー……」
「友達だからな。嫉妬か?」
地獄の底から響いてくるような低い声……これが青春。青春の香りがする。
自分が学生だった頃のことなんてあんまり覚えちゃいないが、こういうイベントには縁がなかったことだけはしっかりと覚えている。
「ち、ちげーし!」
こうやって必死になって否定するところを見ると、大変ほほえましい気持ちになる。こう、応援したくなるな。これが大人の余裕……なのだろうか? これを抜きにしても頑張ってほしいという気持ちはあるが。
「……ところで進展はあったか?」
「……ない」
「マジか。ゲームのことで話が増えたりもなし?」
「弱いし、まだよくわかんねえし」
なんということだ。これではせっかくゲームに勧誘した甲斐がないではないか。高い金を払って手に入れたゲームを楽しめず、ナメクジくんとの仲も進展せずでは、彼があまりにもかわいそうだ……
「遊んでりゃそのうち上達するし、弱いからこそ鍛えてくれって遊ぶ口実になるだろ?」
「断られたらどうすんだよ」
女々しい奴だ、それでも男か。という言葉を飲み込む……学生ならもっと情熱にあふれていなければダメだろう。真夏の球場の観客席で真っ黒の学ラン着てハチマキ白手袋付けて、大声で応援歌を叫んで振付を繰り返して、勝っても負けても抱き合って男泣き……それが男子高校生というものではないのか。
今はどうか知らんけど。
「いつの学生だよ」
「さぁ……90年代くらい?」
「今は20年代だよ。何歳だよあんた」
「まだ20代だよ。人に年を尋ねるのは失礼だぞ少年」
「少年じゃなくて青年ですー」
「少年も青年も変わらんだろ」
「20超えたらみんなオッサンって言われたらどうよ」
「オッサンじゃねーし。お兄さんだし……て、話を戻すか。とりあえず頭を下げて頼んでみろ。俺からも頼んでおくから、たぶん断られることはないと思う。それから有志の攻略チャンネルとかも教えてもらいなよ」
青春を謳歌する学生を応援するのは、大人の義務です。義務ではないけど。
「……なんでここまで世話してくれるんだ?」
「引きずり込んだ責任と。学生は学生同士で健全な付き合いをするべきだという思想からだ」
そうすれば俺も恋人探しを……いやまあ、居たらいいなーくらいでそこまで欲しいとは思ってないんだけど。ナメクジくんが居るとね。恋人のフリをしたこともあるし、それでいらぬ誤解を招いても嫌だし。
「だから君。頑張って口説き落としてくれ」
「……」
途端に目からハイライトが失せる。これは悪いことをしたと思い、どう詫びたものかと考える。学生なら肉とか好きだろうが、それよりはナメクジ君のよく行く店のほうが話題的には嬉しいか。
「よし。今日はナメクジ君とよく行く店に連れてってやろう」
「よく行くって……やっぱり仲いいんだなぁ」
いけない、傷口に塩を塗り込んでしまったようだ。
「ちげーし。あの子には指一本触れてない清い関係だからな。誤解すんなよ」
「それってデートでは」
「断じて違う」
「……傍目から見たらデートだよ」
「……百歩譲ってそうだとして。学生は学生同士で健全な付き合いをすればいいと思ってるから、はやいところナメクジ君を攻略してくれると俺は嬉しい。がんばれ少年」
まあいくら頑張ってもナメクジくんがオッケーと言わないとダメなんだけど。そこは一番大事なところ。しかし、あきらめず挑戦し続けるものだけが成功を手にするのだ。がんばれ少年。




