ナメクジの目覚め
「アヌスレイヤー! サッカーしようぜ、お前ボールな!」
「???」
数日ぶりにログインしたら、チームロビーで待ち構えていたナメクジ君にそんなことを言われた。どういうことだかわからないでいると、模擬戦のお誘いだと説明されてようやくわかった。戦うためにログインしたのだから、断る理由もなく。二つ返事で応じて愛機に乗り込んで、メニューから専用フィールドに移行した。
「なんだその機体は」
そして場所を移って模擬戦用の市街地フィールドに。先に待っていたナメクジ君の期待は、近接オンリーの機体に乗っている自分が言うのもどうかと思うが「どうかしている」としか言えない類のものだった。
「新装備だ」
以前のバランスの取れた万能型の中量機は見る影もなく。武装は両肩に乗せたロケットランチャー………………だけ。両手にはシールド。武器がない分積載量には余裕があるはずなのに、なぜか重量機のずんぐりむっくりの脚部。特に膝周りを追加装甲で保護したタイプ。アクセサリなのか膝から小さな角が生えていて可愛らし……くはないな。それに反して上半身は細い軽量機のフレームで、なんとも頼りない非常に気持ち悪いシルエットとなる。機体のセットアップが済んで動き始めると、装備したシールドを正面に構え、隙間のない防御を成立させている。
「シールドの裏にブレードとか仕込んでる?」
「いや。装備はこれだけ」
「頭大丈夫か?」
「お前にだけは言われたくないな! ……まあちょっと動くな。カウンターもするなよ」
「……わかった」
戦闘開始までのカウントダウンが始まって、ゼロになる。同時にナメクジは機体が地面から浮くほどの急加速、ナメクジなのに早いってどういうことだよ、重量脚部のスピードじゃないぞ、とツッコミは入れない。何かするつもりなのを、動くなと頼まれたので黙って眺めることにする。
一瞬後に、ロケットが飛んできてカメラの前で炸裂、爆発ではなく閃光がモニターを覆って、直後機体が衝突。何も見えない中で、重量物同士が激突する衝撃と破砕音に聴覚がぶち壊され。そしてこちらには撃墜判定が出て、模擬戦の第一ラウンドは終了した……はて。不思議なこともあるものだ。確かにブーストを使った蹴りは大ダメージを与えられる、鉄の塊を高速で叩き付けるだけのシンプルな攻撃だが、その破壊力はすさまじい。重ければ重いほど、早ければ早いほど威力が上がる、という理屈はわかる。だが無傷の機体を一撃で撃墜するほどの威力が出るとは思わなかった。
サブウェポンというか、パイルへの繋ぎに使うばかりだから、蹴りをメインにするとは。
「びっくりした?」
「びっくりした。膝の突起は衝角か?」
「そう! その通り。蹴りの威力を上げるために着けた。あとはブーストの速度を稼ぐために上半身を軽量化して、防御力を稼ぐためにシールド持って。敵がシールド持ってたらそれを潰すためにロケットランチャー。射撃機にはフラッシュロケットで目潰ししてその間に蹴り飛ばす。下半身は蹴っても壊れない頑丈な重量機のを使った、理論上はどんな敵にも対応できる機体! すごい!」
「やりたいことはわかったが、見た目のバランスは悪いな」
控えめに言って最悪。普段のお洒落なナメクジ君の姿からは想像もつかない。いっそ完全に重量級にしたほうがマシ。リアルナメクジ君は出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでる素晴らしいプロポーションだが、この機体は上半身ガリガリの下半身デブだ。あまりにも。あまりにも……ひどい。
「いらないわよねぇ見た目なんか! それで勝てるって言うんならさぁ!」
「勝てれば確かにそうだけどなぁ。そんな装備で大丈夫か?」
「実戦投入はしてない。だからこうしてテストしてるってワケで」
「格闘型なのに小回りの利かない脚部ってどうなんだ?」
「こっちが死ぬ前に相手を殺せばいい」
「それができたら苦労しないと思うぞ」
「……アヌスレイヤーが好きな装備で戦果を挙げてるんだから、私が蹴りで戦果を挙げられない理由はない! そうだろう?」
……まあ、言われてみれば確かに。自分の装備だってかなりキワモノだし。ブレードにパイルバンカー、射撃武器一切なし。格闘型なのに中量フレームだし。人にあれこれ言える立場ではない。
それに、ナメクジ君がロマンを理解し、蹴りにロマンを見出したのなら両手を挙げて歓迎すべきことだろう。ようこそ、ロマンの世界へ……というやつだ。
「……そうだな、じゃあ使いこなせるまで特訓だ」
ロマンというのは悪く言えばハンディキャップだ。もちろんそうでない場合もあるが、近接のロマンにこだわるなら例外なく大きなハンデを背負うことになる。同じくらいの操縦技術で射撃の上手い人に格闘戦を挑むとすると、まず間合いにすら入れない。近付くまで相手からは殴り放題、こっちは近づくまで撃たれ放題。ブーストの実装で接近がいくらか容易にはなったものの、その不利は大きい。
だが、苦難を乗り越えてでもロマンの道を追求するなら、同じ求道者として手助けせずにはいられない。
「助かる」
「フレンドも呼ぼうか。格闘の専門家だから、いい教師になるだろう」
「いいの?」
いつの間にか来ていたフレンド申請。元々来るもの拒まずの性格で基本的には受理するのだが、彼に関しては見た瞬間に喜んで登録した。何せ前回のイベントで最後の最後まで生き残り、戦って、文字通りにすべてを出し尽くして負けた強敵なのだから、受理しない理由がない。フレンド枠が埋まってても誰かを切ってでも受け入れただろう。
まあゲーム内でも友達が少ないからフレンド枠にはまだまだ空きがいっぱいあるんだけども。それは置いといて、その人とは侍チームのリーダーである二刀使いだ。あと一手で俺を撃墜するところまで行ったのにナメクジ君に蹴り殺されたかわいそうな彼。試合に勝って勝負に負けたというところだが、根に持ってはいないようで。ナメクジ君とも一度戦ってみたいというメッセージも送ってきた。
近接戦のプロだし、迷惑でなければ、とお願いしてみよう。
ステータスを確認したら、今はオンラインみたいだし。ちょうどいいから呼び出してみる。
ルームのメニューから招待を送ってみる。返事は……すぐには来ない。対戦中だろうか。
「来るかどうかはあっちの都合次第だからな。来たらお礼を言おう」
「もちろん」
「じゃあ返事が来るまで一戦やろうか。機体セットはどうする、射撃型がいいならそっちに変えるけど」
「まずは基本から。それで頼む」
ということで、一度機体セットを変更。通常の射撃型セットを用意。射撃機なんてあんまり使うことはないんだが、出撃ごとにほぼ毎回相手にしていれば動きもなんとなくわかるというもの。やられて嫌な動きももちろんわかる。
だから全力で射撃戦を演じてやる。格闘機の相手は、射撃機への対処を極めたその後だ。
「よし。やろうか」
「……アヌスレイヤーといえばパイルなのに、射撃機ってなんか違和感ある」
「俺も同じことを考えてるよ」
……なお、この後十回くらい撃墜した。




