オフ会という名の雑談
楽しかったイベントを終えて数日。今日は久々に現実世界でナメクジ君とお茶会に来た。恒例行事でもあるが、イベント中にした約束を果たすためでもある。
ちなみに今日はナメクジくんの兄である、リーダーも一緒だ。美形の血筋なのだろう、妹が美少女なら兄は美少年。黒に少し茶が混じった、パーマのかかった髪がよく似合う。制服を着ていれば学生で通じるくらいに若く見えるが、すでに社会人らしく名刺を交換することになった。
そして今日の支払いはリーダーが持ってくれるそう。半分は出すと言ったが、本来なら二人の予定に割り込んだんだから全部出させてくれと押し切られた。建前を言えば年下におごらせるのは申し訳ない、本音を言えば、もちろんありがたい。
「さて……あなたのことは、どう呼べば?」
「好きに呼んでくれ」
「じゃあリーダーで」
「ああ。まずは、イベントお疲れ様」
とりあえず当たり障りのない言葉を選ぶリーダー。その隣でアイスティーにミルクを入れてかき混ぜるナメクジ君。居心地が悪そうにカランカランと音を立てながら、文字通りお茶を濁す。
「ああ、お疲れ」
「認めるのは癪だが、大活躍だったな。アヌスレイヤー」
「その呼び方はやめてくれますかな」
「名前で呼んであげて。そーいちさんって」
「……名前で呼び合うほどの仲だったのか? いつの間に」
「ナメクジ君の名前は知らないから呼び合ってはない」
「ならいいんだ」
「あれ。教えてなかったっけ」
「教えてもらってないなあ」
教えてもらいかけたが、その時ちょうどいいタイミングで店員さんがやってきたんだった。
「じゃあ教えとこっか。私の名前は「教えなくていいぞ」お兄ちゃん邪魔だから帰ってくれない?」
「まあそう言わず。大事に思ってくれてるんだからさ」
「わかってるじゃないかアヌスレイヤー」
「その呼び方はやめていただけませんか」
「……つい。スマン」
爪楊枝を抜いて目の先に突きつける、そんなイメージで言葉を放った。この店の常連として覚えられてるのに、変な名前で呼ばれて変な噂がたったら来辛くなる。気に入ってる店なので、そうなったらちょっと悲しい。
「わかってくれたらいい」
「……ところでだな。妹とはどういう関係なんだ」
「前にも話した通り友人ですよ。そこから何も変わってない」
「本当に?」
「本当だって。ずっと一緒にいても指一本触れられてないから。なんなら目もなかなか合わせてくれないし。タマついてるのか心配になるくらい何もしてこないから」
うむ。現代社会はモラルだとか、マナーだとか、そういうものにうるさいのだ。勤め先もご多聞に漏れずそういうことにうるさい。本来なら誤解の源になりかねないお茶会も止めるべきなのだが、世知辛い世の中にようやく見つけた貴重な癒しを手放したくない欲が
出た。なので、誤解されても問題ないように、問題になりかねない行動は厳しく戒めている。それがお互いのためにもなるのだ。絶世の美少女を前に何もしない鋼の理性をほめてほしい。
あ、この前の食べさせ合いっこは一回だけだしノーカンでお願いします。
「もしかしてホモ?」
「違うわボケ」
「じゃあなんだ俺の妹が可愛くないっていうのかテメェ!」
「カワイイよ! カワイイけど未成年に手を出すわけにはいかんだろ!」
「そんな大きな声でカワイイって……恥ずかしい……」
「未成年じゃなかったら手出ししてたのか!?」
「お客様、他のお客様の迷惑になりますので……」
「はい、ごめんなさい」
「すみません……」
店員さんに注意されてしまった。大変恥ずかしい。恥ずかしいので腹いせにちょっと高いメニューを頼む。いつもは少し高いので頼むのを躊躇していた高級キノコのパスタとワインのセット。優勝祝いだ、どうせ人の金だし景気よく行こう。なんて素敵、リーダーありがとう、恥をかかされたのはこれで許してやろう。
心から感謝しつつ、注文してからやってきたパスタ、トリュフの気品ある香りとワインを味わう。
料理も酒も、大変美味である。ナメクジ君とリーダーが、兄妹仲良く話をしているところを眺めていれば、つい酒も進むもの。気付けば二杯目、三杯目。頭が軽くなってきたところでそろそろやめておこうと理性がブレーキを踏んで、四杯目は水にした。
……普段は飲み会以外ではほとんど酒を飲まないし、飲んでも一杯程度なんだが、今日は特別ということにしておこう。いつもはボッチ飯なのに、今日はなんと『友達』が二人も居る。
友人との席で酒を飲むのなんていつぶりだろう。もうずっと前に飲んだきり覚えがない。
「俺の妹はかわいいだろう」
「うん。そうだな」
「でも手は出すなよ」
「大丈夫大丈夫、気の迷いが起きそうになったらファンメールを思い出すから。あれを読んだらそんな目では見れないからさ」
リーダーにはファンメールのことを話しただろうか、はて。まあどうでもいいことだ。
「そうか、なら安心だな!」
いつの間にかリーダーの手にはビールが。
「前から言ってただろ」
「酒に酔った人間は本音が出ると親に教わったからな。ようやく信じられる」
「酔った人の言葉ほどいい加減なものもないぞ」
THE経験則。もちろん自分も例外じゃない。
「なんだ、もしかして嘘か?」
「今は嘘じゃないけどなぁ。この先どうかはわからんから、クラスメイトの恋人作ってオッサンとはもう会わないって言ってくれると、俺もあんたも安心できるんじゃないか? なあナメクジ」
「え? 聞いてなかった」
パフェに夢中なナメクジ君でした。酔っぱらいの話は適当に聞き流せばいいって教わったのかい? 全く正しい教育だ。それでいい。
「恋人作れよって話」
「作ったら作ったで絶対に文句言うでしょ」
「まあな」
酒も手伝って、ほほえましい兄妹のやりとりに笑顔がこぼれる。自分にも妹がいればこんなやりとりをしていたかもしれない。残念ながら姉も妹も居ないんだが。
しかし、仮にいたとしてこんな良好な仲とは限らないか。まあ、考えるだけならタダだ。世の中のほとんどのことは、現実より空想のほうが美しいのだし。仕事を題材にしたアニメがいい例だ。実際やってみるとアニメは現実を万倍美化したものとよくわかる……アニメとは空想だ。空想だからこそ美しく見せないといけないのだ。そうでなければ、現実に疲れ、打ちのめされた大人には響かない。空想の中でまで、重箱の隅をつつくように細かいミスをネチネチ指摘する上司も、好き嫌いで態度をガラリと変えるお局様も、同じことを何度も何度も言わせる部下を見たくはない。
空想の中でくらい、美しく、尊いものに満たされた桃源郷を求めてもいいじゃないか。
「目がうつろになってるけど大丈夫? 指は何本に見える?」
ぼんやりしていると、ナメクジ君がテーブルの反対側から手を伸ばして、目の前でピースを作っている。
「二本。大丈夫だ、つい辛い記憶がフラッシュバックして……いや、楽しんでるから気にせずに」
「一本だよ。吐く前に言ってよ」
「楽しいのか辛いのかハッキリしないな」
「楽しいよ。楽しい。誰かと一緒に食事をするのはね」
女の子と一緒だからってわけじゃなく。いつもは一人で静かに、だから。それが今日は友達と三人だ。楽しくないわけがない。今日の気分は最高に近い。
「そうか。そりゃよかった」
「ガンナーとボンバーマンも居たらもっと楽しかったかな……難しいか」
「ゲームで集まって祝勝会しない? 時間さえ合わせればイケルし」
「もう予定立ててあるんだが。掲示板見てないのか?」
「仕事でログインしてなかった」
「友達と遊ぶかテスト勉強してた」
「……後で確認しとけよ」
「ヤボールコマンダー」
「了解、リーダー」
この後リーダーからナメクジ君の可愛さ自慢を延々聞かされた。深い愛情が感じられてよかったです(酔っ払い並みの感想)
ハッピーニューイヤーどすえ。今年もよろしくお願いしますどすえ。




