第49話 砂漠地帯
状況把握。核爆発が原因かはわからないけど、天候は暴風を伴う砂嵐。ゴウゴウと吹き荒れる風が機械の駆動音をかき消して、濃密な砂の壁が視界を茶色一色に塗り潰し、おまけに核爆発の余波で砂が高熱を帯びているせいで熱源索敵も使えない。
……特設フィールド中央の砂漠地帯、五つのエリアの内、最後に残った一か所はそんな場所。ここで戦いが起きるとすれば、完全な遭遇戦。どこから敵が現れるかわからない不安に苛まれながらプレイヤーはエリアを探索することになる。
このエリアに進入したチームは、最後の四チーム。この過酷な環境の中で殺し合い、最後に生き残ったチームがゲームの優勝者となり、勝利の栄光を称えるトロフィーを与えられるのだ。
「まいったね。何も見えん。追っかけてた連中も見失った」
「やれやれ、不意打ちには気をつけなきゃな。この砂嵐じゃ接近されるまで気付けない」
「もっと大きな声でしゃべってくれ! 全然聞こえない!」
「うっせーぞナメクジ。スピーカーの音量上げりゃいいだろ」
……チームNESTはこんな感じで砂漠の中を、敵の影を求めて行進していた。
「全員とまれ」
「どうしたボンバーマン」
「音がした。気がする」
「……本当か? センサーには反応がないが。まあ、そう言うんなら。全員構え! 襲撃に警戒しろ」
リーダーの指示に従って、各々武器を構えて戦いに備える。……しかし何も起こらない。…………そのまま十秒、二十秒……三十秒…………何も起きない。
「気のせいだったんじゃないか?」
一分。ガンナーが武器を下ろして、その瞬間、青白い光が瞬き、砂嵐の中から黒い影が猛禽めいて飛び出してきた。武器を下ろしてしまったガンナーがそのままブレードに貫かれて火花が飛び散る。信号ロスト、を確認する前に、襲撃者をブチ殺すためにブースト。突き刺した剣をのんきに引っこ抜いているくそ野郎に必殺の杭を叩きつけようと飛び込んで……真横でもう一つ青白い光。反射的にもう一回ブーストを使って、真横にかっ飛んで間合いを外す。
奇襲は避けた。だがガンナーを殺したクソ野郎は砂嵐の中に姿を消した、俺の獲物が。
「クソ……」
頭に血が上るのを抑えて、敵の正体を見破るべく目を凝らす。
すぐに追撃を仕掛けてくるかと思ったがそうではない。シルエットは細身、最軽量級のフレームに、武器はこれまた細いブレードを二刀流で。それ以外の武器はなさそう。「……へへ」漢気溢れる装備に、苛立ちが期待と喜びに反転する。そんな装備でここに立っていること自体、実力の証明である。試合も終盤、そんな状況でロマンとロマンのぶつけ合い、ロマンが無限に高まって……実にエレガントだ。とても素晴らしい。大変喜ばしい。心が湧き踊る。
一呼吸。またも横からブースト光。飛び込んできた機体を一歩下がって避けて、機体の上半身を捻り、ろくに相手を見もせずに右腕のパイルをカウンターに振り抜く。ジャストミートだ、射出された杭の質量が、飛んできた機体の速度を相殺・粉砕して、撃破だ。しかし今度はその隙を狙って二刀流が突進してくる。
次弾装填も迎撃も防御も間に合わない、回避一択。杭の刺さった敵機を放り投げ、ブーストを使って逃げれば、相手も使って直角に曲がって追いかけられる。
反応が早い、伊達に二刀流のロマン装備をしていない。重量分相手が早いし、逃げ切るのは不可能。もとより逃げるつもりもないけど。
ブーストカット、足を地面につけて急減速&急旋回。敵の白刃が迫る。
「ぬぅん!」
攻撃は最大の防御。実体ブレードを横に一閃、タイミングも軌道も完ぺきな一振り。そのまま突っ込んでくれば真っ二つになる。さあどうする。
二刀流の選択は停止か防御か回避か。どれでもいい、極太の杭でぶち抜くチャンスだ。
だが、そのどれでもなかった! 攻撃は最大の防御、ならそこへ更なる攻撃を加えるべし! そう言わんばかりに、ブレード同士が衝突! 折れたのはアヌスレイヤーの剣! 勢い止まらずそのまま切り殺しに刃が迫る!
腕を振りぬいた姿勢では反撃も回避もできない、このままではブレードと同じように真っ二つに切り分けられてリタイアだ。
後退は間に合わない、横は敵の間合い、前に進めばそのまま刈り取られる。詰みか?
「死ね! アヌスレイヤー!」
「まだ遊び足りないんだよ!」
否、彼には空がまだ残っていた。垂直ブーストジャンプで剣を飛び越えて、上空へと逃れた。そのまま落下し空振りした二刀流を踏みつぶしにかかるが、これも緊急回避で外れる! 互いに一歩も譲らぬ応酬!
しかし状況はアヌスレイヤーが武器を一つ失って不利。残る唯一の武装であるパイルバンカーは取り回しが悪く連撃も使えないため、軽量格闘機との相性は不利。
だが当たれば勝てる。帯電パイルバンカーはどこであれ命中すれば電流で敵機の内部回路をズタズタに焼き切って戦闘不能に陥れるのだ……当たれば。外せばリロードの間に切り殺されるだろう。
一発にかけるアヌスレイヤーと、外したところでリスクは低い二刀流。やはりアヌスレイヤーが不利。これは覆ることはない……が、これはチームでの戦いだ。仲間はネストのほうが多い。
「ちょっとまずいな。援護してくれ」
「らしくないな変態!」
後退。すぐさまナメクジの機関砲掃射が二人の間に入り込み分断、追撃を断念させる。そしてわずかに怯んだその瞬間を見逃さず、ボンバーマンが動く。手には通常よりも大きく肥大した頭部をもつメイス。砂嵐でなければその正体を瞬時に見切って『正しい』対処を取れただろうが、今回はいつもの癖で『ギリギリで』回避してしまった。そのままメイスを空振りした隙だらけの機体を切り裂いてやろう、と思ったところ。
「っ!!」
メイスの頭が地面に触れると同時、重迫撃砲が着弾したかのような大爆発。炎と衝撃波が二つの機体を覆う。
パイナップルメイス。それは着弾地点に大爆発を起こして、自分もろとも相手を焼き尽くすロマン武器の一つ。直撃すればあらゆる敵を粉砕する。外しても爆風で自分と敵を傷つける……爆風は、これを扱う前提で組まれた機体なら難なく耐えられる。だが、格闘能力のために装甲をそぎ落とし機動力に極振りした機体には、至近距離での爆発は……「邪魔を……!」撃墜には至らなかった。だが、撤退を強いるには十分なダメージを与える。
「ここは一度引きましょう」
未だ戦う意思を失わない二刀流機を無線で説得し、ブーストで砂嵐の中に逃げ込むもう一人の侍。それを追って二刀流も引いた。
「あと少しだったのに……あいつを倒すことが、この戦いに参加した目的なのに。邪魔が入った」
「他のチームが戦いを聞きつけてやってくるはず。戦いで消耗した後でもう一度奇襲をかけよう」
「……理想は一対一。今度は邪魔な取り巻きから片づけるぞ」
濃密な砂嵐の中では、100mも離れれば姿は互いに見えなくなる。だが音はそうではない。砂嵐の中でも鋭い銃声は遠くまで響くもの。そうなればほかのチームに居場所が割れる……砂漠の戦いはまだ始まったばかりだ。




